川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

書評:飯田洋介『ビスマルク』(中公新書, 2015年)

ビスマルクの評伝。近年、堅めの評伝型の新書が多く出ているが、本書は、ドイツ統一の立役者ビスマルクの生涯を扱った一冊である。専門外の新書なので専門家としての批評はできないが、ヘーゲル研究者の視点からみた魅力を記事にしてみる。

 

本書の面白さは、保守主義者であるビスマルクの観点から、ナショナリズムがどのような意味で「左翼思想」であったのかを実感できる点にある。現代ではナショナリズム保守主義に直結するものとして連想される。しかし、19世紀においては、このナショナリズム=保守という図式は成り立たない。むしろナショナリズムは一人の君主が民を束ねる君主制支配からの脱却を象徴する思潮であり、自由主義と結びついて君主制を転覆させかねない左翼思想であった。ビスマルクは、保守主義者でありながらこのナショナリズムの時流を受け入れ、君主制を保持しながらドイツ国民国家を誕生させた人物である。読者はこのナショナリズム保守主義の緊張関係をビスマルクの紆余曲折を通じて理解でき、またこれによって、プロイセン王室の支配を保ったままのドイツ統一が「上からの革命」と言われるゆえんをより深く理解することができる。

 

ところで、ヘーゲルやその後のヘーゲル左派の思想家・活動家達が生きた時代は、ビスマルクが生きた時代と重なっている。1815年生まれのビスマルクは、ヘーゲルの最晩年にあたる1827年から32年まで、ヘーゲルのいたベルリンのギムナジウムに通っており、31年に死去したヘーゲルと入れ違いに、34年にベルリン大学に入学している。また、1806年生まれのマックス・シュティルナー、1809年生まれのブルーノ・バウアー、1816年生まれのカール・マルクスといったヘーゲル左派に連なる論客たちとちょうど同世代にあたる。彼らと保守主義ビスマルクの間には敵対関係があるのだが、ここで強調したいのはその点ではない。上で見た、ナショナリズム保守主義の関係についてである。こと19世紀の政治思想を読む上では、ナショナリズム保守主義は必ずしも結びついておらず、むしろナショナリズム保守主義と緊張関係にある自由主義的な思潮であったということを押さえておく必要がある。本書を読むことで、これがどういうことか、実際のドイツにおける政治の動向に対応させて、当時の保守主義ビスマルクの目から理解することができる。このような点において、この時代のドイツ史のみならず、ヘーゲルからヘーゲル左派へと連なる思潮に興味を持つものにとっても、本書は有用な示唆を与えてくれるであろう。

 

もちろんそのような特殊な興味を持たないものにとっても、近年よく話題になる「保守」と「ナショナリズム」の関係を考えるためのヒントとして、本書はおすすめできる。「愛国」が右派のプロパガンダに用いられ、左派系第一党の党首までもが「保守」を自称する時代である現代を、異なった観点から眺めてみることができるだろう。

 

ビスマルク - ドイツ帝国を築いた政治外交術 (中公新書)