川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

「LTD話し合い学習法」のアレンジ事例の共有

「LTD話し合い学習法」について

LTD「話し合い学習法」と呼ばれる学習法があります。私の授業では、これをアレンジした手法を「ディスカッション学習」と勝手に呼んで実施しています。この記事では、この手法について事例を共有したいと思います。
 
「LTD話し合い学習法」は、話し合いを通じてテクストの理解を深めるための学習法です(LTDはLearning Through Discussionの略)。テクストを元にした予習と、授業における話し合いがかなり詳細に構造化されていることに特徴があり、それぞれ八つのステップに分かれています。このような構造化によって、ディスカッションになれていない学生たちも、スムーズに話し合いを進めることができるようになっています。授業では、4〜6人程度のグループに分けて、グループ内で話し合いをさせています。
 
クラスサイズとしては、10人から50人程度までなら実施可能です。
 

ディスカッション学習の利点

ディスカッション学習の利点は、なんと言っても学生の自律的な学びを促せることです。自ら本を読み、話し合うことで、一人での読書とは全く異なる体験をさせることができます。
 
また、意外に思われるかもしれませんが、この方法は教員にとっては非常に負担の少ない授業方法です。テクストの選定や、ワークシート等の準備さえきちんとしていれば、そして最初の数回さえきちんと介入して話し合いができるように促しさえすれば、あとは毎回の授業準備も(テクストの内容を理解できている限りで)ほぼ不要で、授業中も話し合いの様子を眺めているだけで十分です。授業中にワークシートをもとに成績をつけたりすることもでき、教育関連業務の時間を大幅に圧縮できます。この点で、一石二鳥の方法と言えます。
 

実際の進め方

私の授業では、予習パート、ディスカッションパートはそれぞれ以下の八つのステップに分けています。学生に配布している資料からそのまま引用します。
 
予習パート
STEP1 課題文の通読
STEP2 語彙の理解
  • 課題文中の難しかった言葉を書き出し、その意味を調べてワークシートにまとめます。
  • 意味を調べるときは、百科事典などの参考図書を活用してください。インターネットを使う場合は、出典が明らかなもののみを使ってください。個人のwebサイトやWikipediaヤフー知恵袋NAVERまとめなどは、この目的の資料としては不適切です。
 
STEP3 主張の理解
  • 文章で最も重要な点を、自分の言葉で言い直します。全体を通して、筆者が一番言いたいことは何かを考えて書きましょう。このとき、できるだけ「抜き書き」せず、自分の言葉で書いてみてください。
 
STEP4 構造の理解
  • 文章全体の構造(アウトライン)を取り出してまとめます。筆者の主張を支持する根拠や事例を探し、つながりを明らかにするとよいでしょう。
 
STEP5 他の知識との関連づけ
  • 課題文以外から得た知識のうち、課題文の内容と関連のあるものをまとめます。
  • 「課題文以外から得た知識」には、以下のものが含まれます。
  • 他の文献や資料、授業等で知った内容
  • ニュースなどで知った内容
  • 日常生活の中で見聞した内容
  • あなたの知識と、課題文の主張との類似点や相違点を検討し、新たに気づいたことも書き出します。
  • 何も思い浮かばなければ、図書館等で関連する事典・書籍・論文を調べてください。
  • 上の作業を通じて、新たに生じた疑問があれば、それも書き留めておきます。
 
STEP6 知識の再構築
  • 課題文を読んだことで、自分の考えがどんなふうに変わったか、特に納得できたことは何か等をまとめます。読んで考えたことを、あなた自身の血肉にするためのステップです。
  • 課題文と関連する自分の体験などがあれば、それについてもまとめるともよいでしょう。
 
STEP7 課題文の評価
  • 課題文の優れたところや、課題文の問題点を書きます。
  • 好き嫌いで書くのではなく、理由を挙げて論理的に書くことが重要です。
  • 「課題文のこの点に問題があるため、このように修正するとよい」のような、建設的な評価ができるとよいでしょう。
 
STEP8 ディスカッションのシミュレーション
  • ディスカッションの質を高めるために、作成したノートをもとに、ディスカッションをシミュレートします。
  • ディスカッションの各ステップで、自分は何をどのように発言するか、また、どのような質問がありうるか、それにどのように答えればよいかを考えます。
 
ディスカッションパート
STEP1 導入(3分)
  • 挨拶をし、体調などの状態を伝えます。また、予習の程度を報告します。集中してディスカッションに入るための、「心の準備」の時間でもあります。
 
STEP2 語彙の理解(3分)
  • ワークシートを手掛かりに、言葉の意味を確認します。わからなかった言葉の意味を質問するのもOKです。
 
STEP3 主張の理解(3分)
  • 予習をもとに、筆者が最も言いたいことは何かを話し合います。予習の段階で意見が食い違っていれば、どの部分がより重要かを皆で考えます。
 
STEP4 構造の理解(12分)
  • 文章全体のアウトラインをお互いに発表し、主張と根拠、具体例等の関係を整理します。
  • 文章の内容理解に関わる最後のステップです。おおまかなアウトラインがわかったら、細部にわたるまで、なるべくわからないところが残らないようにお互いに質問し合って議論しましょう。
 
STEP5 他の知識との関連づけ(15分)
  • ワークシートにまとめた関連する知識や、それと課題文の主張との類似点や相違点をお互いに共有します。
  • ディスカッションの中で新たに思いついたことも、この時間に共有します。その場でスマートフォン等で検索したりしても構いません。ただし、事前に一度調べてきていることは前提です。
  • 他のメンバーのアイディアを知り、一人では思いつかなかった視点から課題文を再度検討します。
 
STEP6 知識の再構築(12分)
  • ワークシートにまとめた、自分の考えの変化や、自分の体験と課題文との関連について、お互いに共有します。
  • 課題文で得られた知識から、今後の学生生活や人生で活かしたい教訓について、お互いに共有するようにします。
 
STEP7 課題文の評価(3分)
  • 課題文の良い点・気になる点について話し合います。
  • 時間をあえて短く設定しています。課題文の長所・短所をすべて挙げるのではなく、最も重要な点についてのみ話し合うことが重要です。
 
STEP8 活動の評価(6分)
  • 配布するルーブリックを用いて、グループ活動を評価します。
  • グループ活動の評価が終わったら、個人の活動を振り返ります。

  

アレンジした箇所について

これらのうち、STEP4,5,6については、私なりのアレンジを加えてあります。まずSTEP4。このステップは、ベーシックなLTDでは「話題の理解」とされています。しかし、これでは何をすればよいか伝わりにくく、また、テクスト全体の構造をつかむことは是非おこなってほしいという思いもあり、「構造の理解」と代えました。STEP5は、通常は「知識の統合」ですが、これでは学生に何をすればよいかが伝わらないため、「他の知識との関連付け」と変えています。また、新書とは言え哲学書を読む授業なので、既有知識との関連付けと言われてもよくわからない学生がほとんどです。このため、「関連知識を調べる」ことにも重点を置いています。また、通常のLTDではこのステップは「ベース」「ターゲット」と言ったアナロジー思考に関わる語彙を用いて進められますが、これらについては思い切ってすべて省いています。STEP6は、通常は「知識の適用」ですが、これも学生に伝わりにくいため、「知識の再構築」と変えました。また、通常このステップでは個人的な体験とテクストを関連付けるのですが、必ずしもテクストが自分の体験と結びつくとは限らないため、「自分の考えがどんなふうに変わったか」をまとめさせています。
 
これらの変更を加える上で、特にSTEP5と6については、LTD話し合い学習法の各ステップが依拠しているブルームのタキソノミーに立ち返って検討しました。つまり、通常のLTDの手法から外れたとしても、「応用」「分析」「統合」の各認知的領域のスキルに対応するという眼目だけは外さないように留意して変更しました。
 
各ステップの変更の他に、通常のLTDと大きく異なるアレンジを加えているところが3点あります。一点目は、「主張の理解」の時間を6分から3分に短縮していることです。このステップは時間が余ってしまうことが多かったため、3分に変更したところ、間延びすることなくディスカッションが進むようになりました。
 
二点目は、ワークシートの導入です。通常のLTDではノートに予習をまとめてくることになっていますが、私の授業では、ワークシートを作成し、配布しています。これにより、予習の意欲を高めるだけでなく、求められている予習の分量について、視覚的にわかりやすくすることを狙っています。さらに、ワークシートをコピーして授業前に回収することで、授業中に予習の状況を把握しやすくなり、学生がディスカッションしている時間を利用して評価をつけることも可能になります。また、これに加えて、愛知学院大学の山口拓史先生が論文中で公開されている資料を参考に「活動記録用紙」を作成し、配布しています。(山口 2013「教養セミナーにおけるLTD話し合い学習法の志向的導入」http://kiyou.lib.agu.ac.jp/pdf/kiyou_13F/13_60_4F/13_60_4_111.pdf
 
三点目は、「活動の評価」のアレンジです。通常のLTDでは、活動の評価は話し合いを通じて行うこととなっていますが、何度やってもこれがうまくいかず、雑談の時間となってしまう現象が起こっていました。このため、思い切って普通の話し合いによる「活動の評価」をやめ、各グループに1枚ずつルーブリックを配布することにしました。ルーブリックをもとに、その日の活動がどうだったか評価させています。
 

授業実施上のポイント

実際の授業では、出席確認と60分程度の話し合いのあとで、15分ほど時間が余ります。この時間に、その日のテクストについて、教員が改めて解説することで、理解を補っています。
 
LTDを初めて導入するときにもっとも不安なのは、「学生は本当に予習してくるのか?」ということと、「話し合いはスムーズにすすむのか?」ということでしょう。これらについては、ある程度運用でカバーしていく必要があります。
 
まず、予習について。私の授業では、初回に、予習と話し合いの「体験版」を実施します。毎回ほぼ新書1章分、20〜30ページ程度を範囲としてディスカッションさせていますが、初回は、ガイダンスの後、教科書となる新書の序論部を10ページ程度読ませて、30分程度、STEP4までの予習をさせます。このとき、進度が遅い学生には、特にSTEP3に力を入れるよう指示しておきます。その後、STEP4まで話し合いをさせます。STEP4の時間は6分程度に短縮するとよいでしょう。この「体験版」のディスカッション学習を通じて、学生は「どんな予習をすればよいか」を理解できるだけでなく、「自分が予習をしてこないとどんな困ったことになるか」を身をもって理解することができます。
 
次に、「話し合いはスムーズに進むのか?」について。3年間に渡って実施してきた実感として、最初の数回は、教員が積極的に介入したほうがよい場面が多々見られます。しかし、その時期を過ぎれば、学生も活動になれ、自分たちなりに工夫して話し合いを進めることができるようになります。学生の様子をよく見て、4,5回目ごろから介入を減らしてゆくことがポイントです。
 
また、LTDは原理的にはどのようなテクストでも実施できるとなっていますが、実際にはテクストの難易度が活動全体の難易度に直結します。これについても、学生のレベルに合わせて試行錯誤しながら選んでゆく必要があるでしょう。
 
私の授業では、児玉聡『功利主義入門』(ちくま新書)や佐々木健一『美学への招待』(中公新書)、納富信留プラトンとの哲学』(岩波新書)等を3・4年生向け、小林亜津子『はじめて学ぶ生命倫理』(ちくまプリマー新書)、本田由紀『教育の商業的意義』(ちくま新書)等を1年生向けのテキストにしています。

 

 

その他の資料について

私が用いているワークシートや説明用紙について、リサーチマップで共有したいと思います。教育目的でしたら自由に利用して頂いて構いませんので、よろしければご参照ください。
 
LTD話し合い学習法については、より詳しく知りたい方には、以下の二つの記事をおすすめします。さらに詳しくは、関連書籍が2冊出版されていますので、そちらもご参照ください。
 
安永悟(2011)「LTD話し合い学習法」
 

安田利枝(2008)「LTD話し合い学習法の実践報告と考察 : 学ぶ楽しさへの導入という利点」https://ci.nii.ac.jp/naid/110006979679

 
LTD話し合い学習法

LTD話し合い学習法

 
実践・LTD話し合い学習法

実践・LTD話し合い学習法

 

 

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)