川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

教科書としての哲学系新書レビュー

私は、新書レベルの本を学生に自ら読み進めさせ、それを通じて学習させる科目として、「現代哲学」と「哲学史」を担当しています。LTD話し合い学習法をアレンジした主要、毎学期新書2冊を読み切るペースで授業しています。そこで教科書として使った哲学系新書について、実際に使ってみた感想をレビューしてみたいと思います。
 
前提として、一学期15コマをかけて、新書2冊を読む形式を取っています。ただし、途中の章を省くなど、授業巣に合わせて調整している場合もあります。授業の進め方について詳しくは別の記事にまとめましたので、そちらもご参照ください。
 

A. 現代哲学系

現代哲学に関する科目はすでに3年目。4学期間にわたって担当しました。ここで使用した4冊について、教科書としての使用感という観点からレビューします。
 
1.児玉聡『功利主義入門』筑摩新書
非常にわかりやすく、学生からの評判も頗る良い本。私の授業を履修する学生は一度は規範倫理の基礎を学んでおり、功利主義と義務論について最低限の知識は持った上で読んでいるので、完全な初心者ではありません。しかし、知識ゼロから読み始めても十分読めるのではないかと思います。
 
教科書として使う場合、章の長さがアンバランスなので、そのあたりに注意して運用する必要がああります。具体的には、3章と4章は内容的にも連続しているので、一緒に扱うようにするとバランスがよくなります。後半でパターナリズムとの関係を論じる箇所は少し複雑になるので、正確な理解のためには少し詳しい解説が必要になるでしょう。

 

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

 

 

 
2.青山拓夫『分析哲学講義』筑摩新書
学生が自ら読み進めるには難しすぎたようでした。途中から全く意味が分からない、という感想が続出。結局、教科書としての使用は1年で断念することとなってしまいました。
 
とはいえ、言語哲学をかなり深く扱い、かつ形而上学にまで目をとどかせながら、新書のコンパクトさでこれ以上わかりやすく論じることは不可能だと思います。自ら読み進めるのではなく、ある程度解説・補助を手厚くしながら教えなければ、そもそも言語哲学を学ぶことは難しいという印象。

 

分析哲学講義 (ちくま新書)

分析哲学講義 (ちくま新書)

 

 

 
3.柴田正良『ロボットの心』講談社現代新書
一部専門的な議論もなされているが、学生同士の話し合いの中で疑問点を解決できるという意味で、ちょうどよいレベルの本。「一人で読んでもわからなかったが、授業で話し合う中で理解を深めることができた」という感想が、学生からも多く寄せられました。
 
しかし、筆者のギャグを交えた軽妙すぎる語り口が非常に不評でした。議論の展開方法やアウトラインに目を向けてほしいのに、笑いを狙った箇所で「このハテナマークは何!?」などと引っかかってしまう学生が続出。好き嫌いが分かれるところだとは思うが、教材としてはこの点が不向きだと言わざるを得ませんでした。

 

ロボットの心-7つの哲学物語 (講談社現代新書)

ロボットの心-7つの哲学物語 (講談社現代新書)

 

 

4.佐々木健一『美学への招待』中公新書
これも、はじめはよくわからないという感想が続出するが、読み進めて行くうちに学生の読書レベルが上がることを実感できるという意味で、教材に適した本。
 
哲学者の名前が解説なしに登場するなど、思想史的な知識が当然の教養として要求されるので、その点で脱落しそうになる学生が多い点には注意が必要です。その点の知識を補い、教員がうまくモチベートすることができれば、一見難しそうな本から、議論の骨子を読み取る訓練ができるでしょう。

 

美学への招待 (中公新書)

美学への招待 (中公新書)

 

 

B. 哲学史

哲学史系の新書を読む授業は本年度から新たに開講し、現在ちょうど1学期ぶんが終わったところである。哲学史系の方が豊富に新書があるため、まだまだ開拓の余地があると感じています。さしあたり、今年使った2冊をレビュー。
 
5.納富信留プラトンとの哲学』岩波新書
哲学の意義を問う『ゴルギアス』篇から始まる導入が素晴らしく、難解な箇所が少しくらいあっても読ませるだけの魅力のある本。自ら学ばせる教科書という意味では、哲学史の本にありがちな、対象の哲学者の生涯から始まらないのも使いやすい。
 
後半は『ティマイオス』の宇宙論などかなり難しいテーマも入ってきますが、プラトンを通して、人生訓だけでない、哲学の広がりに触れることが出来るというメリットもあります。問題点としては、「プラトンさん」と二人称で呼びかける箇所に戸惑う学生が多い。とくに、「あなた」が読者を指すのかプラトンを指すのかわかりにくいという意見が目立ちました。
 
6.御子柴善之『自分で考える勇気——カント哲学入門』岩波ジュニア新書
 
発売直後から評判が高く、すでに定番の地位を確立したカントの入門書。善に関する問題から必然性へのカントのこだわりを説明し、その観点から三批判書をまとめて扱おうとする点に特色があります。ジュニア新書とはいってもそれなりに骨があるので、大学の教科書としても十分使えるレベル。
 
かなりわかりやすく書かれているとは言え、超越論的観念論が登場する箇所は、解説なしで理解するのはかなり苦しそうでした。また、どうしてもカント用語がたくさんでてきてしまうので、関係を整理するのはなかなか難しいようにも思います。十分よい本ではあるが、近代哲学については他にも候補がたくさんあるので、そもそもカントでなっくてもよいのではないかというのが悩みどころです。 
レビューは以上です。実際に授業をしていて感じるのは、分析系の理論哲学に関する手軽な新書が少ない、ということです。まだ使っていないものとして森田邦久『科学哲学講義』(筑摩新書)がありますが、そもそも物理選択者の少ない本学では難しいだろうと感じ、採用はしていません。現代哲学と題して倫理学と美学しか扱わないという状況には問題も感じるので、何かよい本を探したいところ。