哲学に入門するための最短コース
哲学の入門書は様々にありますが、どれから読んでいいのかわからないという方も多いでしょう。この記事では、学問としての哲学に入門するための「最短コース」を私なりに提示してみます。
ここで「最短コース」というのには二つの意味があります。一つは、最も効率的に、専門的な哲学の書物を読みこなせるために読むべき本の順番を示したものだということ。そしてもう一つは、決して誰でも通れる楽な道ではないということ。「近道」なので、少し急な階段を上るようなイメージです。この順番で読んでみて途中で歯が立たないなと思った場合には、もう少し回り道をしながら進んでいく方が良いでしょう。
さて、以下のガイドは三つのステップに別れています。
STEP1は、「イメージをつかむ」。なるべく楽しく読みながら、哲学ではどんな議論がされているのか、イメージをつかんでもらうのが目的です。
STEP2は、「リテラシーを身につける」。どんな哲学書を読むのにも最低限必要な基礎知識を身につけるステップです。STEP1に比べると、少し「お勉強」の要素が強くなります。
STEP3は、「専門的な学びへの橋渡し」。ここでは、自分の関心がどこにあるのかを見定め、さらに深く専門的に学んでいくための手がかりになる本を紹介します。
STEP1 イメージをつかむ
(1−1)スティーブン・ロー『考える力をつける哲学問題集』
現代哲学の様々なトピックについて、ときには小説や対話篇の形も取りながら、自在に解説してくれる一冊。楽しく読んで、関心のあるトピックを見つけましょう。章ごとに難易度が明示されているので、難しいと思ったら飛ばしてより読みやすい章から読むのもアリ。ちなみに過去には他の出版社から『フィロソフィー・ジム』や『北極の北には何がある?』というタイトルで出版されていたこともあるので、図書館で探すときはそれらのタイトルでも検索してみることをおすすめします。
(1−2)小林亜津子『はじめて学ぶ生命倫理』
応用倫理学の分野のいろいろなトピックを紹介してくれる一冊。はじめからこの分野に興味がある方や、(1−1)の『哲学問題集』を読んで、「もっと現実の問題とのつながりを知りたいんだけど……」と思った方におすすめ。安楽死や中絶など、生命倫理で重視されるトピックについて、代表的なアプローチとともに手軽に知ることができます。
STEP2 リテラシーを身につける
(2−1)仲島ひとみ『それゆけ!論理さん』
哲学書を読む上でどうしても必要になる論理学について、数式を使わずにエッセンスを学ぶことが出来ます。マンガがついていて親しみやすいのもポイント。「かくも楽しいマンガに!」という帯はさすがに言い過ぎという感じもしますが、文だけが並んでいる論理学入門よりずっととっつきやすくなっています。論理的な条件文と因果関係を表す文の区別が曖昧であることなど、ところどころ違和感のある記述もありますが、そのあたりはレベルが上がってから、より詳しい本でもう一度学び直せば十分でしょう。
(2−2)ナイジェル・ウォーバートン『若い読者のための哲学史』(すばる舎)
若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)
- 作者:ナイジェル・ウォーバートン
- 出版社/メーカー: すばる舎
- 発売日: 2018/04/26
- メディア: 単行本
哲学史の基礎知識も、哲学書を読む上でどうしても必要になります。専門的な本に進むと、「アリストテレスが言ったように……」や「ヒュームの有名な……」のように、歴史上の有名な哲学者の学説が既知のものとして登場することがしばしばあります。哲学史について完璧に理解できていなくても、一度簡単に哲学史を学んでおけば、「あ、これは昔の有名な人だな」、「これはそんなに有名じゃない現代の人だな」などとあたりをつけることができます。
この本の特徴として、二点注意することがあります。一つは、哲学史がツリーやモジュールにならずにスレッド状に語られるということ。例えば、デカルト・スピノザ・ライプニッツを合わせて大陸合理論と言う、のような教科書風の整理はありません。そのような構造化された哲学史の知識は、勉強が進んでから他の本で補う必要があるでしょう。
もう一つは、もとはアメリカで出版された本ということで、英語圏から見た哲学史という色の濃い本になっているということです。特にフッサールやハイデガー、またフーコーやドゥルーズといった20世紀ドイツやフランスの哲学についての記述はなく、その分、たとえばエイヤーやフットなど、英語圏の哲学者についての記述が多めになっています。この点は日本で一般的に売られている哲学史の教科書と大きく異なっています。しかしこの点についても、後から十分補えるでしょう。最低限のリテラシーとして、よく言及される哲学者についてのイメージを持っておくのがここでの目的です。
STEP3 専門的な学びへの橋渡し
(3−1)野家啓一、門脇俊介『現代哲学キーワード』(有斐閣)
現代哲学で扱われる話題について、キーワードを2〜4頁で解説する、という形式で網羅的に論じた一冊。最初から読み進めるのではなく、まずは目次を眺めて、気になった項目から読んでいくのがよいでしょう。
この本の長所は数頁でコンパクトに解説してくれるところにあります。これは逆に言うと、紙幅の制約のために、わかりやすく丁寧な叙述はある程度犠牲になっているということでもあります。各キーワードを完璧に理解するという使い方ではなく、自分の関心に合うトピックを探すという気持ちで、少しずつ読んでみるのがおすすめです。それが見つかったら、「専門への最短コース」は修了です。自身を持って、関心を持ったトピックに関するより詳しい本へと進んでいきましょう。
(3−2)ジュリアン・バッジーニ、ピーター・フォスル『倫理学の道具箱』
倫理学分野について、『現代哲学キーワード』と同様にキーワード形式で学べる本。こちらも最初から順番に読んでいくのではなく、目次を見たり、ぱらぱらとめくったりしながら、関心の持てるトピックを探すという目的で読むと良いでしょう。
(3−3)熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』、『西洋哲学史 近代から現代へ』
現代哲学や倫理学よりむしろ、哲学史について深く学びたい人にとすすめ。特に「近代から現代へ」では、『若い読者のための哲学史』ではあまり紹介されていなかった、近代以後のドイツやフランスの哲学についてもある程度論じられています。必ずしも古代から読む必要はないので、関心によってはこちらから読むのもよいでしょう。
新書ですが決して簡単な本ではなく、この本だけですべてを理解するのは難しいと思います。ですので、この本も、気になる哲学者を見つける、という気持ちで読むのがおすすめです。それが見つかったら今度は、その哲学者についてより詳しく書かれた本へと進みましょう。
なお、当然のことですが、これは私が現時点で考え得る一つの提案に過ぎません。専門家の方の中には、同意できない方もいるでしょう。そういった方によって別のルートが提案されて、さらに入門者の選択肢が増えていくことを望みます。
最後に宣伝です。再来週の12月22日(日)、東京・池袋の東京セミナー学院にて、「ヘーゲル(再)入門ツアー」と題したレクチャーを実施します。哲学史を学ぶ中でとくに躓きやすいヘーゲルの『精神現象学』について、初学者の方が実際に読んでみることができるよう工夫した内容となっています。「再入門」というタイトルは、以前にヘーゲルに挫折した方も大歓迎という意味です。ぜひお誘い合わせの上ご参加ください。