川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』(光文社新書)で目指したこと

昨日、拙著『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』(光文社新書)が発売されました。「これからのビジネスに必要なのは哲学だ」という力強いコピーも(このコピーは私が直接考えた者ではありませんが)つけていただき、大変ありがたいのですが、逆に、川瀬は急にビジネス書を書いたりしてどうしたのだ、と思われている方もいるかもしれません。また、ビジネスに哲学が使えるなんていかにもうさんくさい、本当に役立つのだろうか、と購入を迷っている方もいるかもしれません。そのような方の検討材料にしていただくためにも、この本の執筆の経緯について少し書いてみたい思います。
 
光文社新書」というチャンス
Amazon等で書影をご覧いただくとわかりますが、本書は帯でも「ビジネス」が強く押し出されています。これを全面に押し出すことにしたのには、ビジネスパーソンの皆さんにとって、哲学が必要な時代になっているのではないか、という想いからです。(編集者さんから、「ビジネスパーソンに手に取っていただける本を」と言われていたということもありますが、決してその役回りを押しつけられたわけではなく、楽しみながらみずから引き受けることにしました。)
 
同時に、光文社新書という、ビジネスパーソンに多く読まれるレーベルから本を出す機会は、得がたいものだとも考えました。光文社さんと仕事をさせていただくのはもちろん私にとって初めてのことでしたが、光文社といえば、専門知と一般読者をつなぐユニークな仕事を続けられている会社だというイメージがありました。カッパ・ブックス以来の伝統と言ってもよいのでしょうか、私の学生時代にも、新書ブームを作った『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)や異例のヒットとなった『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫)が発売されています。後に研究者になるような学生でしたので書店は好きでしたし、また、書店でアルバイトをしていた時期もあったので、どういった方が光文社の棚の前に立ち、本を買っていくか、ある程度は読者の顔を思い浮かべることもできました。
 
これからも地道に研究を続けていれば、学術的な本を書く機会はおそらく作れるでしょう。しかし、ビジネスパーソン向けの本、ビジネスと哲学を繋ぐような本を書くチャンスは、普通の研究者人生ではなかなか得られるものではありません。この貴重なチャンスを生かさない手はないと考えました。
 
「専門的な知見をビジネスにつなげる」スタイルへ
上のような意気込みで、ビジネスパーソンに読んでもらえる本にすると決めたものの、当然ながらそれを実際に書くのは大変な作業でした。ビジネスパーソン向けに書くといっても、それはそれで甘いものではありません。なにしろ私は研究者であって、ビジネスの現場のことは直接は知らないわけです。安易にビジネス書に「寄せて」書いたのでは、本職のビジネス書の著者の皆さんに敵わない、中途半端なものになってしまいます。
 
読者のニーズという意味でも同様のことが言えそうです。日々の仕事の直接的な効率化のために役立つ本を求めている方は、タイトルに「ヘーゲル哲学」と入っている、大学の教員が書いた本を買わないでしょう。(実際、日々の仕事の効率化に直接役立つ本は、本書ではなく、例えばタスク管理や時間管理について書かれた本でしょう。)それよりも、もう少し射程の長いアドバイスや、一歩立ち止まって考えを深めたい読者にこそ、私が書く本のニーズはあるのではないか。こういったことを考える中で、自然と、専門的な知見をビジネスに関連付けながら伝えて、読者自身が考えることを促す、というスタイルが定まりました。
 
というわけで、「明日の仕事にすぐに役立つTIPS」を求めている方には本書はおすすめできません。しかし、それ以外の理由で哲学が気になっている方には、新しい発見をしていただける本になっているのではないかと思います。また、ビジネスはどうでもいいから哲学について知りたい、という方の興味にも本書は答えられるはずです。
 
もう少し書きたいこともありますが、今回はここまでにします。『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』、ご興味を持たれた方はぜひ手に取ってみてください。