川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

ヘーゲル(再)入門ツアーへのあとがき

 ヘーゲル(再)入門ツアー、予想を上回る多くの方々にご参加いただき、誠にありがとうございました。いただいたご質問やその後インターネット等に書いていただいたご感想等、ありがたく拝読しております。この記事では、さらに学びたい人のための文献紹介と、授業デザインに関する「種明かし」をしたいと思います。


1.日本語文献ガイド

 まずは、下記の諸論文は、お話しした内容とも重なっており参考になると思います。

  1. 川瀬和也「ヘーゲル英語圏の現代哲学」、『理想』第700号、理想社、2018年、121-133頁 

     

  2. 飯泉佑介「復活するヘーゲル形而上学 (ヘーゲル復権)」、『思想』、2019年1月号、岩波書店、43-52頁
    思想 2019年 01 月号 [雑誌]

    思想 2019年 01 月号 [雑誌]

     

     

  3. 川瀬和也「ヘーゲルルネサンス——現代英語圏におけるヘーゲル解釈の展開」、『情況』、2016年6・7月号、情況出版、178-196頁
    情況 2016年6・7月―変革のための総合誌 ヘーゲル大論理学

    情況 2016年6・7月―変革のための総合誌 ヘーゲル大論理学

     

     

  4. 川瀬和也「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」、『哲学』、第68号、日本哲学会編、2017年、109-123頁(以下のリンクから読めます)

    www.jstage.jst.go.jp

  5. ジョン・マクダウェル「統覚的自我と経験的自己——ヘーゲル精神現象学』「主人と奴隷」の異端的解釈に向けて」、『思想』、2019年1月号、岩波書店、21-42頁(2と同じ冊子に収録されています)

 下に行くほど難しくなります。3番目はピピンのカント解釈について詳しく書いています。4番目は、認識論先行型解釈と存在論先行型解釈の対立や調停に関わる、『大論理学』のテクストに即した論文です。最後のマクダウェルの論文からは、認識論先行型解釈の雰囲気を知ることができます。


2.英語文献ガイド

 大学院生や研究者などで、洋書でも大丈夫なので最新の研究に触れたいという方は、下記をおすすめします。これも下に行くほど難しくなります。簡単な解説もつけておきます。

1.P. Redding, Georg Wilhelm Friedrich Hegel(Stanford Encyclopedia of Philosophy), 

 哲学者なら誰でも知っている「スタンフォード哲学百科事典」のヘーゲルの記事。英語圏を中心に、近年のヘーゲル研究を三つの段階にわけて整理しており、かなり視界がクリアになる。著者のレディングにはAnalytic Philosophy and the Return of Hegelian Thought(Cambridge University Press, 2007)という著書もあり、こちらもおすすめ。

plato.stanford.edu

2.R. B. Pippin, Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit, Princeton University Press, 2011

 現代英語圏ヘーゲル研究の立役者ピピンの短めの著作。『精神現象学』の「自己意識」章を取り上げて、マクダウェルとブランダムの解釈を批判しながら自説を展開するという楽しい展開になっている。ピピンの著作の中で最も読みやすい。(ただし、ピピンの英語は複文が多くて難しめなので、英語が苦手だと少しつらい。)欲望論が大きな論点なので、初めの方にはコジェーヴへの言及もあり、フランス系から入った方にも(おそらく)多少親しみやすい。いつか訳したい。

 

Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit (Princeton Monographs in Philosophy)

Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit (Princeton Monographs in Philosophy)

 

 

3. R. Stern, Hegel’s Idealism, in: The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy, F. C. Beiser(ed.), 2008, pp. 135-173.

 スターンによるピピン批判を含む論文。スターンは、存在論先行型解釈の最も重要な論客。ヘーゲルの名前を冠したケンブリッジ・コンパニオンは2冊あるが、そのうちの新しい方に収録されている。スターンの論文集Hegelian Metaphysicsにも再録されている。Louxの形而上学入門に触れて、ピピンヘーゲル反実在論的だとしたうえでヘーゲル実在論者として位置づけるなど、現代分析形而上学とのつながりをつけてくれる論考でもある。

 

The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy (Cambridge Companions to Philosophy)

The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy (Cambridge Companions to Philosophy)

 
 4. Sally Sedgwick, Hegel’s Critique of Kant: From Dichotomy to Identity, Oxford University Press, 2012

 このあたりから研究書になってくる。レディングが「ポスト・カント的」と呼ぶ認識論先行型解釈の中で、カントとの関係を最も丁寧に論じた本。第2章があまりおもしろくないので、『判断力批判』に興味がなければ飛ばして読もう。これも訳されてもよい本だと思う。

 

Hegel's Critique of Kant: From Dichotomy to Identity

Hegel's Critique of Kant: From Dichotomy to Identity

 
 5. James Kreines, Reason in the World: Hegel’s Metaphysics and Its Philosophical Appeal, Oxford University Press, 2015

 存在論先行型の解釈の中でも、よくまとまった論考。現代のオーソドックスな形而上学とは少し違う、「理由の形而上学」という立場を打ち出している。ヘーゲルを認識論として読まない理由についての議論が丁寧で、参考になる。

 

Reason in the World: Hegel's Metaphysics and Its Philosophical Appeal (English Edition)
 

 

 以上、五つ挙げてみました。研究レベルで英語圏ヘーゲル解釈論争を理解したい方には、いずれも必読文献になるでしょう。ちなみに、ガブリエルのヘーゲル解釈やシェリング用語はこのあたりの流れを念頭に置いているので、きちんと咀嚼せずに飛びつくのは危険だと思います。あえて厳しい言い方をすれば、日本はいまこの分野では周回遅れの状況にあります。(その代わり、文献学や思想史の分野では諸外国に引けを取りません。)

3.授業デザインに関すること

 非常勤講師等をされている受講者の方も多く、授業デザインに関する点にも関心をもって頂けたのは嬉しい誤算でした。今回のセミナーは、授業デザインの基本に則って実施しています。

総論

 今回に限らず、私の授業は、目標設定が最も重要だという思想のもとにデザインしています。(これは栗田佳代子先生の受け売りです。)目標設定は、論文で言えばアウトライン以前、問いと結論の設定に相当します。ここがしっかりしていれば、全体のデザインもすんなりできますし、逆にデザインで詰まったら、ここに戻って手直しをするべきです。授業の中でも、目標は参加者にお示しし(受講者を主語に!)、最後にもう一度目標が達成できたか振り返る構成にしました。

 また、今回はいわゆるアクティブ・ラーニング形式ということで、ワークを多用する構成にしていました。全体として、ワークを多用するともちろん話せる内容は少なくなってしまいます。しかし、授業・セミナーで重要なのは、「講師が何を話したか」ではなく、「参加者が何を学んで帰ったか」です。私は、100のことを話して10しか持ち帰れないより、50だけをワーク等も交えて丁寧に話して40を持ち帰って頂ける方がよい、というポリシーでデザインしています。その過程で、何を伝えるか、目標を吟味して本当に伝えたいことを考えることになります。

デザインについて

・ADDIEモデル
 まず、そもそもの授業デザインの流れとして、ADDIEモデルというものがあります。Analysis、Design、Development、Implementation、Evaluationの頭文字をつなげたもので、今回は特に新しいことをやるため、この流れに即して開発しました。ここでは準備段階の3ステップについて書きます。

・分析
 今回は「ヘーゲル(再)入門」ということで、初めてヘーゲルに触れる方、他分野を研究していてちょくちょく顔を出すヘーゲルが気になっている方、過去にヘーゲルに挫折した方など、様々な参加者が予想されました。また、実際に読んでみるパートが予告されていたこと、関西では『精神現象学』と『大論理学』の各著作がフォーカスされていたことも特徴でした。もちろん、私自身の専門知識を期待して頂いているわけなので、英語圏の研究の流れが見えることも必要と考えました。

・デザイン
 最低限の知識レベルの地ならしを行うこと、講義では、なるべく初学者の方にも分かるようにすること、講読では少し背伸びした内容も盛り込むこと、などを考え、目標も硬軟取り混ぜることにしました。また、参加者のレベルの違いを逆手にとって、少し難しめの課題を「教え合う」ようなワークを作ることにしました。例えば大学の一般教養の授業なら、目次を見て話し合うワークなどは少し難しかったかもしれません。

 後半に講読という大きなワークがあったので、前半ではワークはすこし少なめに、それでも話を聞き続けるだけの時間が30分以上にはならないくらいに、と考えて計画しました。

・教材開発
今回の教材には、スライドのほか、書き込み式のワークシートを用いました。通常のレジュメや原稿のような資料とはかなり異なる形になっていたと思います。

 

手法について

・アイスブレイク
 哲学の授業ということで、あまり周りと話したりすることを想定せずに来られている方も多いのではないかと予測していました。また、背景の異なる方が多く参加されていることも予想されました。このため、最初に自己紹介していただく時間を作り、その後の話し合いに参加する心構えをつくっていただきました。

 大学の授業でも応用可能ですが、参加者が同じ大学・学年の学生や友達同士など均質な場合「自己紹介」だと話すことがなくなるので、テーマを多少工夫する必要が出てくるでしょう。基礎ゼミなど、雰囲気作りが特に重要な場合は、アイスブレイク用のゲーム集なども利用できます。

・診断的評価
 今回、参加者のレディネス、つまり知識レベルや哲学への習熟度にばらつきがあると予想していました。このため、はじめに診断的評価を入れることにしました。授業内での診断的評価のtipsとして、あまりテストっぽくしないということと、問題の難易度にばらつきを作ることが重要とされます。ここでも「クイズ」と銘打ち、また、難易度もヘーゲルについてのマニアックな内容(出身地など)から、多くの方が知っていそうな内容(『資本論』の著者など)まで取り混ぜて作りました。

 この結果次第でレベルを下げて一部省略することなどもありえましたが、幸いいずれの会場でも比較的レディネスのある参加者が多かったため、そのまま実施することにしました。大学の授業であれば、初回に実施して2回目以後の授業計画を変更することなども考えられます。

 また、ヘーゲルの生涯やドイツ観念論の教科書的な流れなど、単に私が喋る形で教えると知っている人にはただただ眠くなるだけの講義になってしまうと危惧されたので、クイズにしてお互いに教え合いながら考えてもらうことにしました。

・Think-Pair-Share
 とにかく応用の幅がひろく、絶対に覚えておくべき手法がこれです。参加者の知識の不均衡が逆に議論の活性化につながると考えたこともあり、今回も多用することにしました。「話し合う前に少し考えてもらう」を徹底して意識して指示を出すだけでも、話し合いの質は大きく違ってきます。さらにメモを取るよう促すことで、より話しやすくなります。

 今回は大人の参加者なので、皆さんスムーズにコミュニケーションできていましたが、慣れていない学生の場合はどちらが話し始めるか様子見になってしまう場合もあります。そのような場合は、右の人が先に喋るように、とか番号が若い人から話すように、などと決めてあげるとスムーズにいきます。「こいつやる気満々じゃん!」と思われるのが恥ずかしいという心理障壁を取り除いて、「先生が言うから」という状況を作ることが重要です。

 次のリンク先も参考になるでしょう。東大FFP同期の吉田塁さんの文章です。

dalt.c.u-tokyo.ac.jp


以上です。工夫した点などいろいろ書きましたが、それでも至らない点も多々あったと思います。反省すべきところは反省し、今後改善していきたいと思っています。