ヘーゲル論理学に分け入る5冊
①海老澤善一『ヘーゲル『大論理学』』:「登場人物紹介」として
ヘーゲル論理学は、一般的な論理学と異なり、「論理的カテゴリーの発展」が物語のように描かれます。このため、論理学書ではなく哲学の古典を読むときの流儀で、はじめに大まかに全体像を把握しておくと読みやすくなります。これに役立つのが本書。この一冊をもってヘーゲル論理学の完全な理解を目指す、というのは本書の誤った使い方でしょう。むしろ、演劇を見る前の「登場人物紹介」として、軽く全体に目を通す気持ちで読むのがおすすめです。
②『加藤尚武著作集 第2巻 ヘーゲルの思考法』:ヘーゲル論理学の難しさに向き合う
『加藤尚武著作集』の中の一冊として公刊された本書。前半は単行本『哲学の使命』の採録で、特に論理学に特化した内容ではありません。論理学入門として有用なのは、後半の単行本未収録論文集の方。ここに、存在論から概念論に至るヘーゲル論理学についての加藤の論考がまとめて収録されています。帯にも解題から採用されている、「ヘーゲル論理学の主要な箇所について、哲学的に「深い」解釈をするまえに、何について、どういう内容を書いているのか明らかにする必要がある」という著者の言葉に、私は非常に共感しています。驚くべきことでしょうが、ヘーゲル論理学が何を論じているのか、200年以上が経った現在でも、全く明らかではないのです。この問題意識を前面に打ち出し、自らこの状況を変えようとした著者の論文の数々をまとめて読めるようになったことは、ヘーゲル論理学研究を着実に前進させる一歩となるでしょう。必読です。
④牧野広義『ヘーゲル論理学と矛盾・主体・自由』:マルクス主義的解釈を現代につなぐ
ヘーゲル論理学の具体的な内容が明らかでない、という問題に、伝統的に正面から向き合ってきたのは、マルクス主義的な解釈です。ヘーゲル自身の観念論を無視して唯物論として読み替えるという態度はアクロバティックではありますが、この解釈の伝統を全て単なる誤読として退けるのももったいない、そう言いたくなるだけの蓄積があります。そして、これを可能にするのが本書です。特に第I部「ヘーゲル論理学とは何か」は必読。おそらく図書館で多くの読者が出会ったであろう見田石介の論理学解釈について、問題点が丁寧に指摘され、そこから新たな解釈の可能性が開かれます。
③高山守『ヘーゲル哲学と無の論理』:大胆に解釈を投げ込む
私の恩師でもある高山守の博士論文をもとにした一冊。いましがた、ヘーゲル論理学の内実をまず明らかにすべきだという加藤尚武の言葉に共感すると書きましたが、たが、このように考えるようになったのは確実に高山先生の影響です。私は「無」を重視するという高山先生の解釈に必ずしも賛同するわけではありません。しかし、ヘーゲルの異様なまでに抽象的な文言をなるべく具体的な事例に則して解釈しようとする本書の方針に賛同し、この点を非常に尊敬しています。ヘーゲルが抽象的な文言を具体化するためのヒントをほとんど残していないため、ヘーゲル論理学研究はどうしても、大胆に自らの解釈を投げ込み、それがヘーゲルの文言に合うかを確かめる、という方法をとらざるを得ません。そうした方法に注目しながら読み進めることで、「ヘーゲル論理学の読み方」の体得に近づくことができるはずです。論理学解釈は後半部で展開されますが、そこだけをまず読む、という読み方も十分可能な一冊です。
「存在論」を第1版から訳出した唯一の書物としても重要な、寺沢訳『大論理学』。その訳注にも、単なる注にとどまらない、独立の注釈書と言ってもよいほどの価値があります。全体を通読するというタイプの使い方は難しいものの、『大論理学』の特定の箇所について知りたいとき、寺沢の訳注は常に有用な示唆を与えてくれます。