川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

『精神現象学』、どこから読むか?(ヘーゲル(再)入門ツアー2019-2020 予稿)

ヘーゲル(再)入門ツアー『精神現象学』編の開催まであと1週間。この記事では、なかなかとっつきにくい『精神現象学』をどこから読み始めるのがよいかについて書いてみたいと思います。

①「序論(Vorrede)」から読む

本の最初から素直に読み始めるのがこのパターン。いちおうヘーゲルはこの順番で読むことを意図しているはずなので、それに従って読んでみるのは悪くない選択肢でしょう。しかしこの序論、かなり長く、また、普通の序論と違って、全体を予告したり、使われる概念を整理してくれたりするような性質のものではありません。むしろ最初から実質ある哲学的な議論が展開されます。根気よくモチベーションを保って読んでいくのは難しいかもしれません。もし心が折れたら、②以下の入り口も試してみましょう。

②「緒論(Einleigung)」から読む

精神現象学』には「序論」のようなものが二つあります。その二つ目がこの「緒論」。実はヘーゲルはこの「緒論」を最初に書いて、本文を書き、最後に「序論」を書いたと言われています。そのため、ここから読み始めることでヘーゲルの思考がたどれるとして、ここから読み始めることを推奨している入門書も少なくありません。内容的にもヘーゲルにしては読みやすく(「ヘーゲルにしては」を外して読みやすいとは言えませんが)、分量も「序論」より短めなので、なんとか読み切ることも出来るのではないかと思います。

③「感覚的確信」から読む

長い長い二つの序論がおわって、いよいよ「意識」を主人公とした『精神現象学』の道のりがスタートするのがこの箇所。この箇所から、かなり叙述の雰囲気が変わります。「序論」や「緒論」は難解ながらも普通の哲学書のような論じ方だったのが、ここからは”主人公”視点(「意識」の視点)と”神様”視点(「われわれ」=哲学者の視点)が交錯する物語のような独特の語り方に変わります。「序論」や「緒論」の途中で挫折した方も、せっかく『精神現象学』を手に取ったからには、一度はここでのヘーゲル独特の語り方に触れてほしいところ。決して読みやすくはないので、結局は途中で読むのをやめることになってしまうかもしれませんが、それでもヘーゲル独特のひと味違う難解さに触れることができるでしょう。

④「知覚」から読む

ここから二つは私のおすすめ。哲学の心得のある方におすすめしたい一つの入り口がこの箇所です。「感覚的確信」の箇所は、哲学的には実は少し退屈な箇所で、重要性がなかなかわかりづらい。これに対して、この「知覚」の箇所では、性質と基体の関係のような話が出てきたりして、ヘーゲル独特の語り口ながら、哲学的にどんな話がされているのか、ヘーゲルがどんな話をする人なのか、比較的わかりやすいのです。とはいえもちろんこれは「性質と基体」ときいてピンとくるような、哲学には心得があってもヘーゲルは未読、という方のためのコース。それ以外の方や普通の学部生などにはちょっと厳しめのルートです。

⑤「理性」のBから読む

哲学の心得がそれほどない方にも一度読んでみてほしいのがこの箇所。ここでは、やろうとしたことがうまくいかなかったり、意にそぐわぬ結果になってしまったりする小説のような叙述が3パターン繰り返されます。(それぞれ、ゲーテの『ファウスト』、シラーの『群盗』、セルバンテスの『ドン・キホーテ』がモチーフになっているとされます。)このため、テーマ的にかなりとっつきやすくなっています。私自身、大学3年生のとき、この箇所を読んで初めて少しヘーゲルの文章を理解できた気がした思い出の箇所でもあります。本棚に戻してしまう前に、一度この箇所だけでも開いてみてほしいと思います。

精神現象学』という本は、次々と新しいトピックが登場し、めまぐるしく表情を変えていく不思議な本です。上に挙げたもの以外にも、あなたにぴったりの入り口があるかもしれません。例えばいわゆる「主人と奴隷の弁証法」について知りたいといった明確なモチベーションがあるなら、その箇所だけ読んでみるのも悪くないでしょう。難解な本ではありますが、あなたなりの入り口を見つけてほしいと思います。

ちなみに、再来週の12月22日(日)、東京・池袋の東京セミナー学院にて、ヘーゲル(再)入門ツアーには、上でおすすめした④の知覚の箇所と、⑤の「理性」Bの箇所から、短めのテクストを選んで読んでみるワークを組み込んでいます。春に実施した際には、難解な文章を皆で一緒に読み、さらにその場で専門家の解説を聴くという体験が新鮮なものだったと非常にご好評を頂いたパートでもあります。ご興味を持たれた方は、ぜひご参加をご検討ください。

 

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哲学に入門するための最短コース

哲学の入門書は様々にありますが、どれから読んでいいのかわからないという方も多いでしょう。この記事では、学問としての哲学に入門するための「最短コース」を私なりに提示してみます。

ここで「最短コース」というのには二つの意味があります。一つは、最も効率的に、専門的な哲学の書物を読みこなせるために読むべき本の順番を示したものだということ。そしてもう一つは、決して誰でも通れる楽な道ではないということ。「近道」なので、少し急な階段を上るようなイメージです。この順番で読んでみて途中で歯が立たないなと思った場合には、もう少し回り道をしながら進んでいく方が良いでしょう。

 

さて、以下のガイドは三つのステップに別れています。

STEP1は、「イメージをつかむ」。なるべく楽しく読みながら、哲学ではどんな議論がされているのか、イメージをつかんでもらうのが目的です。

STEP2は、「リテラシーを身につける」。どんな哲学書を読むのにも最低限必要な基礎知識を身につけるステップです。STEP1に比べると、少し「お勉強」の要素が強くなります。

STEP3は、「専門的な学びへの橋渡し」。ここでは、自分の関心がどこにあるのかを見定め、さらに深く専門的に学んでいくための手がかりになる本を紹介します。

 

STEP1 イメージをつかむ

(1−1)スティーブン・ロー『考える力をつける哲学問題集』
考える力をつける哲学問題集 (ちくま学芸文庫)

考える力をつける哲学問題集 (ちくま学芸文庫)

 

 現代哲学の様々なトピックについて、ときには小説や対話篇の形も取りながら、自在に解説してくれる一冊。楽しく読んで、関心のあるトピックを見つけましょう。章ごとに難易度が明示されているので、難しいと思ったら飛ばしてより読みやすい章から読むのもアリ。ちなみに過去には他の出版社から『フィロソフィー・ジム』や『北極の北には何がある?』というタイトルで出版されていたこともあるので、図書館で探すときはそれらのタイトルでも検索してみることをおすすめします。

(1−2)小林亜津子『はじめて学ぶ生命倫理

 応用倫理学の分野のいろいろなトピックを紹介してくれる一冊。はじめからこの分野に興味がある方や、(1−1)の『哲学問題集』を読んで、「もっと現実の問題とのつながりを知りたいんだけど……」と思った方におすすめ。安楽死や中絶など、生命倫理で重視されるトピックについて、代表的なアプローチとともに手軽に知ることができます。


STEP2 リテラシーを身につける

(2−1)仲島ひとみ『それゆけ!論理さん』
大人のための学習マンガ それゆけ!  論理さん (単行本)

大人のための学習マンガ それゆけ! 論理さん (単行本)

 

 哲学書を読む上でどうしても必要になる論理学について、数式を使わずにエッセンスを学ぶことが出来ます。マンガがついていて親しみやすいのもポイント。「かくも楽しいマンガに!」という帯はさすがに言い過ぎという感じもしますが、文だけが並んでいる論理学入門よりずっととっつきやすくなっています。論理的な条件文と因果関係を表す文の区別が曖昧であることなど、ところどころ違和感のある記述もありますが、そのあたりはレベルが上がってから、より詳しい本でもう一度学び直せば十分でしょう。

(2−2)ナイジェル・ウォーバートン『若い読者のための哲学史』(すばる舎) 
若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)
 

 哲学史の基礎知識も、哲学書を読む上でどうしても必要になります。専門的な本に進むと、「アリストテレスが言ったように……」や「ヒュームの有名な……」のように、歴史上の有名な哲学者の学説が既知のものとして登場することがしばしばあります。哲学史について完璧に理解できていなくても、一度簡単に哲学史を学んでおけば、「あ、これは昔の有名な人だな」、「これはそんなに有名じゃない現代の人だな」などとあたりをつけることができます。

この本の特徴として、二点注意することがあります。一つは、哲学史がツリーやモジュールにならずにスレッド状に語られるということ。例えば、デカルトスピノザライプニッツを合わせて大陸合理論と言う、のような教科書風の整理はありません。そのような構造化された哲学史の知識は、勉強が進んでから他の本で補う必要があるでしょう。

もう一つは、もとはアメリカで出版された本ということで、英語圏から見た哲学史という色の濃い本になっているということです。特にフッサールハイデガー、またフーコードゥルーズといった20世紀ドイツやフランスの哲学についての記述はなく、その分、たとえばエイヤーやフットなど、英語圏の哲学者についての記述が多めになっています。この点は日本で一般的に売られている哲学史の教科書と大きく異なっています。しかしこの点についても、後から十分補えるでしょう。最低限のリテラシーとして、よく言及される哲学者についてのイメージを持っておくのがここでの目的です。


STEP3 専門的な学びへの橋渡し

(3−1)野家啓一門脇俊介『現代哲学キーワード』(有斐閣
現代哲学キーワード (有斐閣双書キーワード)

現代哲学キーワード (有斐閣双書キーワード)

 

 現代哲学で扱われる話題について、キーワードを2〜4頁で解説する、という形式で網羅的に論じた一冊。最初から読み進めるのではなく、まずは目次を眺めて、気になった項目から読んでいくのがよいでしょう。

この本の長所は数頁でコンパクトに解説してくれるところにあります。これは逆に言うと、紙幅の制約のために、わかりやすく丁寧な叙述はある程度犠牲になっているということでもあります。各キーワードを完璧に理解するという使い方ではなく、自分の関心に合うトピックを探すという気持ちで、少しずつ読んでみるのがおすすめです。それが見つかったら、「専門への最短コース」は修了です。自身を持って、関心を持ったトピックに関するより詳しい本へと進んでいきましょう。

(3−2)ジュリアン・バッジーニ、ピーター・フォスル『倫理学の道具箱』 
倫理学の道具箱

倫理学の道具箱

 

倫理学分野について、『現代哲学キーワード』と同様にキーワード形式で学べる本。こちらも最初から順番に読んでいくのではなく、目次を見たり、ぱらぱらとめくったりしながら、関心の持てるトピックを探すという目的で読むと良いでしょう。

(3−3)熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』、『西洋哲学史 近代から現代へ』
西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)

西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)

 
西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)

西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)

 

 現代哲学や倫理学よりむしろ、哲学史について深く学びたい人にとすすめ。特に「近代から現代へ」では、『若い読者のための哲学史』ではあまり紹介されていなかった、近代以後のドイツやフランスの哲学についてもある程度論じられています。必ずしも古代から読む必要はないので、関心によってはこちらから読むのもよいでしょう。

新書ですが決して簡単な本ではなく、この本だけですべてを理解するのは難しいと思います。ですので、この本も、気になる哲学者を見つける、という気持ちで読むのがおすすめです。それが見つかったら今度は、その哲学者についてより詳しく書かれた本へと進みましょう。

なお、当然のことですが、これは私が現時点で考え得る一つの提案に過ぎません。専門家の方の中には、同意できない方もいるでしょう。そういった方によって別のルートが提案されて、さらに入門者の選択肢が増えていくことを望みます。

 

最後に宣伝です。再来週の12月22日(日)、東京・池袋の東京セミナー学院にて、「ヘーゲル(再)入門ツアー」と題したレクチャーを実施します。哲学史を学ぶ中でとくに躓きやすいヘーゲルの『精神現象学』について、初学者の方が実際に読んでみることができるよう工夫した内容となっています。「再入門」というタイトルは、以前にヘーゲルに挫折した方も大歓迎という意味です。ぜひお誘い合わせの上ご参加ください。

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「web上で読める哲学系ブックリスト」のリスト

web上で読めるブックリストは、独学する際の重要な指針となってくれます。しかし、様々な媒体でバラバラに公開されているため、存在に気づくことがなかなか難しいという難点があります。そこで、ここでは、自分用の備忘録も兼ねて、web上で見つけた哲学系のブックリストを、簡単に分類した上でリスト化することにします。(記事中、敬称は「さん」に統一します。)

 

最初に読みたい

「哲学を学ぶなら岩波文庫を全部読め」を信じてはいけない理由

https://mitorizu.jp/column/column-interview/philosophy-as-learnable


長門裕介さんのインタビュー。「岩波文庫を全部読め」のような読書指導がなぜよくないのか、古典と入門書の関係をどう考えれば良いかなど、最初に読んでおくと心構えができる。哲学入門者のためのブックリストもある。

 

分析哲学

分析系の理論哲学関連で、ある程度広めの分野を紹介したブックリスト。

 

1.分析哲学全般

www.keisoshobo.co.jp

勁草書房さんが(気まぐれに?)掲載しているブックガイドの一つ。柏端達也さんによる分析哲学の哲学者マッピングとブックガイド。2008年公開なので多少情報が古いことには注意。

 

2.心の哲学

www.keisoshobo.co.jp

同じく勁草書房webサイトで公開されているマップとブックガイド。こちらは金杉武司さんによるもので、2010年公開。

 

3.科学哲学

tiseda.sakura.ne.jp

こちらは伊勢田哲治さんによる科学哲学のブックガイド。分類方法や各書籍へのコメントなど、これを読むだけでも勉強になる。


倫理学・美学

倫理学・政治哲学・美学関連のブックリスト。

 

4.倫理学入門

yonosuke.net

江口聡さんによる、倫理学入門のためのブックリスト。入門書に限定し、読む順番までおすすめしてくれるとても親切なリスト。

 

5.政治哲学

www.keisoshobo.co.jp

勁草書房さんのリスト。これは署名がなく、「勁草書房営業部」となっている。様々な書籍を参照して作られており、多少雑然とした印象はあるが、信頼できる。2010年版。

 

6.分析美学・入門編

morinorihide.hatenablog.com


7.分析美学・中級編

morinorihide.hatenablog.com
上記二つは、森功次さんによるリスト。初公開はそれぞれ2012年と2018年で、入門リストの方は随時更新されている。分析美学についてはまずはここから入っていくことになるだろう。

 

8.分析美学・中級編②

lichtung.hatenablog.com

ナンバユウキさんによるリスト「分析美学の道具箱」。「分析美学の入門を終えて、もう少し分析美学を勉強しよう」という方を対象に、教科書や事典、webサイトなどまでまとめられている。


分析哲学系各論

以下は、比較的細かいトピックに分かれたリスト。関心のあるものがあれば要チェック。

 

9.自由論・時間論

www.gaccoh.jp

GACCOHさんの「やっぱり知りたい! 分析美学」の告知ページに掲載されたリスト(ページ最下部)。自由論は高崎将平さん、時間論は大畑浩志さんによる。それぞれ簡単なコメントもあり参考になる。2018年作成。

 

10.信頼

socio-logic.jp

小山虎編著『信頼を考える』発売に合わせて作られたブックリスト。分析哲学でも注目を集めつつある「信頼」をキーコンセプトに、様々な分野にまたがった書籍が集められた学際的なリストとなっている。2018年作成。

 

11.概念工学

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GACCOHさん主催「概念工学入門ツアー」の際に公開された、松井隆明さん作成のブックガイド。少し見つけにくいかも知れないが、ページ下部にブックガイドがあり、クリックで展開できる。それぞれコメントもついていて便利。2019年作成。

 

12.動物倫理

note.mu

noteで「あにまるえしっくす」さんにより公開されているリスト。「中の人」が専門家かどうかは不明だが、挙げられている本は十分信頼できるのでここにも採用することにした。2019年作成。


哲学史関連

ここからは哲学史関連のブックリスト。「哲学」というとこちらを思い浮かべる人の方が多いかも知れない。

13.ギリシャ哲学

note.mu

GACCOHさんの「やっぱり知りたい! アリストテレス」に合わせて作られた、酒井健太朗さんによるリスト。ギリシャ哲学全般に関するものから、現代のアリストテレス主義に関するものまで挙げられていて、見ていて楽しい。2019年作成。

 

14.ヘーゲル

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手前味噌ですが、私がGACCOHさんの「ヘーゲル(再)入門ツアー」に合わせて作成したリスト。初心者向けのヘーゲル入門から、プラグマティズムなど現代哲学との接続まで、専門家以外の方が見ても楽しいリストを目指しました。

 

15.現象学

socio-logic.jp

植村玄輝・八重樫徹・吉川孝編著、富山豊・森功次著『ワードマップ 現代形而上学』の発売に合わせて作成されたリスト。フッサールハイデガーなど狭義の現象学に関わるものだけでなく、分析哲学系の書籍まで、現象学との関連を明らかにしながら紹介されている。

 

16.レヴィナス

ms141.hatenablog.com

石井雅巳さんによる、レヴィナス関連のブックリスト。入門書から、原典、研究書まで、バランス良くかつ詳しく紹介されている。2016年作成。

 

以上、16のリストを紹介してきました。おそらく見落としもたくさんあると思いますが、さしあたりそれなりに使えるものになっているのではないでしょうか。各リストはボリュームも対象者のレベルの様々なので、自分に合ったものを探してみましょう。

 

【告知】
12月22日(日)、東京・池袋で、「ヘーゲル(再)入門ツアー 2019→2020」と題して、春の「ヘーゲル(再)入門ツアー」の際に東京で実施できなかった『精神現象学』に関する内容を中心としたレクチャーを行います! 春には満席になってしまった講座でもあります。多くの方が気にはなるけれど手を出しにくいと思っているヘーゲル。この機会に初めて触れてみたいかたはもちろん、過去にヘーゲルに挫折した方の再入門にもおすすめです。

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ヘーゲル(再)入門ツアーへのあとがき

 ヘーゲル(再)入門ツアー、予想を上回る多くの方々にご参加いただき、誠にありがとうございました。いただいたご質問やその後インターネット等に書いていただいたご感想等、ありがたく拝読しております。この記事では、さらに学びたい人のための文献紹介と、授業デザインに関する「種明かし」をしたいと思います。


1.日本語文献ガイド

 まずは、下記の諸論文は、お話しした内容とも重なっており参考になると思います。

  1. 川瀬和也「ヘーゲル英語圏の現代哲学」、『理想』第700号、理想社、2018年、121-133頁 

     

  2. 飯泉佑介「復活するヘーゲル形而上学 (ヘーゲル復権)」、『思想』、2019年1月号、岩波書店、43-52頁
    思想 2019年 01 月号 [雑誌]

    思想 2019年 01 月号 [雑誌]

     

     

  3. 川瀬和也「ヘーゲルルネサンス——現代英語圏におけるヘーゲル解釈の展開」、『情況』、2016年6・7月号、情況出版、178-196頁
    情況 2016年6・7月―変革のための総合誌 ヘーゲル大論理学

    情況 2016年6・7月―変革のための総合誌 ヘーゲル大論理学

     

     

  4. 川瀬和也「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」、『哲学』、第68号、日本哲学会編、2017年、109-123頁(以下のリンクから読めます)

    www.jstage.jst.go.jp

  5. ジョン・マクダウェル「統覚的自我と経験的自己——ヘーゲル精神現象学』「主人と奴隷」の異端的解釈に向けて」、『思想』、2019年1月号、岩波書店、21-42頁(2と同じ冊子に収録されています)

 下に行くほど難しくなります。3番目はピピンのカント解釈について詳しく書いています。4番目は、認識論先行型解釈と存在論先行型解釈の対立や調停に関わる、『大論理学』のテクストに即した論文です。最後のマクダウェルの論文からは、認識論先行型解釈の雰囲気を知ることができます。


2.英語文献ガイド

 大学院生や研究者などで、洋書でも大丈夫なので最新の研究に触れたいという方は、下記をおすすめします。これも下に行くほど難しくなります。簡単な解説もつけておきます。

1.P. Redding, Georg Wilhelm Friedrich Hegel(Stanford Encyclopedia of Philosophy), 

 哲学者なら誰でも知っている「スタンフォード哲学百科事典」のヘーゲルの記事。英語圏を中心に、近年のヘーゲル研究を三つの段階にわけて整理しており、かなり視界がクリアになる。著者のレディングにはAnalytic Philosophy and the Return of Hegelian Thought(Cambridge University Press, 2007)という著書もあり、こちらもおすすめ。

plato.stanford.edu

2.R. B. Pippin, Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit, Princeton University Press, 2011

 現代英語圏ヘーゲル研究の立役者ピピンの短めの著作。『精神現象学』の「自己意識」章を取り上げて、マクダウェルとブランダムの解釈を批判しながら自説を展開するという楽しい展開になっている。ピピンの著作の中で最も読みやすい。(ただし、ピピンの英語は複文が多くて難しめなので、英語が苦手だと少しつらい。)欲望論が大きな論点なので、初めの方にはコジェーヴへの言及もあり、フランス系から入った方にも(おそらく)多少親しみやすい。いつか訳したい。

 

Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit (Princeton Monographs in Philosophy)

Hegel on Self-Consciousness: Desire and Death in the Phenomenology of Spirit (Princeton Monographs in Philosophy)

 

 

3. R. Stern, Hegel’s Idealism, in: The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy, F. C. Beiser(ed.), 2008, pp. 135-173.

 スターンによるピピン批判を含む論文。スターンは、存在論先行型解釈の最も重要な論客。ヘーゲルの名前を冠したケンブリッジ・コンパニオンは2冊あるが、そのうちの新しい方に収録されている。スターンの論文集Hegelian Metaphysicsにも再録されている。Louxの形而上学入門に触れて、ピピンヘーゲル反実在論的だとしたうえでヘーゲル実在論者として位置づけるなど、現代分析形而上学とのつながりをつけてくれる論考でもある。

 

The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy (Cambridge Companions to Philosophy)

The Cambridge Companion to Hegel and Nineteenth-Century Philosophy (Cambridge Companions to Philosophy)

 
 4. Sally Sedgwick, Hegel’s Critique of Kant: From Dichotomy to Identity, Oxford University Press, 2012

 このあたりから研究書になってくる。レディングが「ポスト・カント的」と呼ぶ認識論先行型解釈の中で、カントとの関係を最も丁寧に論じた本。第2章があまりおもしろくないので、『判断力批判』に興味がなければ飛ばして読もう。これも訳されてもよい本だと思う。

 

Hegel's Critique of Kant: From Dichotomy to Identity

Hegel's Critique of Kant: From Dichotomy to Identity

 
 5. James Kreines, Reason in the World: Hegel’s Metaphysics and Its Philosophical Appeal, Oxford University Press, 2015

 存在論先行型の解釈の中でも、よくまとまった論考。現代のオーソドックスな形而上学とは少し違う、「理由の形而上学」という立場を打ち出している。ヘーゲルを認識論として読まない理由についての議論が丁寧で、参考になる。

 

Reason in the World: Hegel's Metaphysics and Its Philosophical Appeal (English Edition)
 

 

 以上、五つ挙げてみました。研究レベルで英語圏ヘーゲル解釈論争を理解したい方には、いずれも必読文献になるでしょう。ちなみに、ガブリエルのヘーゲル解釈やシェリング用語はこのあたりの流れを念頭に置いているので、きちんと咀嚼せずに飛びつくのは危険だと思います。あえて厳しい言い方をすれば、日本はいまこの分野では周回遅れの状況にあります。(その代わり、文献学や思想史の分野では諸外国に引けを取りません。)

3.授業デザインに関すること

 非常勤講師等をされている受講者の方も多く、授業デザインに関する点にも関心をもって頂けたのは嬉しい誤算でした。今回のセミナーは、授業デザインの基本に則って実施しています。

総論

 今回に限らず、私の授業は、目標設定が最も重要だという思想のもとにデザインしています。(これは栗田佳代子先生の受け売りです。)目標設定は、論文で言えばアウトライン以前、問いと結論の設定に相当します。ここがしっかりしていれば、全体のデザインもすんなりできますし、逆にデザインで詰まったら、ここに戻って手直しをするべきです。授業の中でも、目標は参加者にお示しし(受講者を主語に!)、最後にもう一度目標が達成できたか振り返る構成にしました。

 また、今回はいわゆるアクティブ・ラーニング形式ということで、ワークを多用する構成にしていました。全体として、ワークを多用するともちろん話せる内容は少なくなってしまいます。しかし、授業・セミナーで重要なのは、「講師が何を話したか」ではなく、「参加者が何を学んで帰ったか」です。私は、100のことを話して10しか持ち帰れないより、50だけをワーク等も交えて丁寧に話して40を持ち帰って頂ける方がよい、というポリシーでデザインしています。その過程で、何を伝えるか、目標を吟味して本当に伝えたいことを考えることになります。

デザインについて

・ADDIEモデル
 まず、そもそもの授業デザインの流れとして、ADDIEモデルというものがあります。Analysis、Design、Development、Implementation、Evaluationの頭文字をつなげたもので、今回は特に新しいことをやるため、この流れに即して開発しました。ここでは準備段階の3ステップについて書きます。

・分析
 今回は「ヘーゲル(再)入門」ということで、初めてヘーゲルに触れる方、他分野を研究していてちょくちょく顔を出すヘーゲルが気になっている方、過去にヘーゲルに挫折した方など、様々な参加者が予想されました。また、実際に読んでみるパートが予告されていたこと、関西では『精神現象学』と『大論理学』の各著作がフォーカスされていたことも特徴でした。もちろん、私自身の専門知識を期待して頂いているわけなので、英語圏の研究の流れが見えることも必要と考えました。

・デザイン
 最低限の知識レベルの地ならしを行うこと、講義では、なるべく初学者の方にも分かるようにすること、講読では少し背伸びした内容も盛り込むこと、などを考え、目標も硬軟取り混ぜることにしました。また、参加者のレベルの違いを逆手にとって、少し難しめの課題を「教え合う」ようなワークを作ることにしました。例えば大学の一般教養の授業なら、目次を見て話し合うワークなどは少し難しかったかもしれません。

 後半に講読という大きなワークがあったので、前半ではワークはすこし少なめに、それでも話を聞き続けるだけの時間が30分以上にはならないくらいに、と考えて計画しました。

・教材開発
今回の教材には、スライドのほか、書き込み式のワークシートを用いました。通常のレジュメや原稿のような資料とはかなり異なる形になっていたと思います。

 

手法について

・アイスブレイク
 哲学の授業ということで、あまり周りと話したりすることを想定せずに来られている方も多いのではないかと予測していました。また、背景の異なる方が多く参加されていることも予想されました。このため、最初に自己紹介していただく時間を作り、その後の話し合いに参加する心構えをつくっていただきました。

 大学の授業でも応用可能ですが、参加者が同じ大学・学年の学生や友達同士など均質な場合「自己紹介」だと話すことがなくなるので、テーマを多少工夫する必要が出てくるでしょう。基礎ゼミなど、雰囲気作りが特に重要な場合は、アイスブレイク用のゲーム集なども利用できます。

・診断的評価
 今回、参加者のレディネス、つまり知識レベルや哲学への習熟度にばらつきがあると予想していました。このため、はじめに診断的評価を入れることにしました。授業内での診断的評価のtipsとして、あまりテストっぽくしないということと、問題の難易度にばらつきを作ることが重要とされます。ここでも「クイズ」と銘打ち、また、難易度もヘーゲルについてのマニアックな内容(出身地など)から、多くの方が知っていそうな内容(『資本論』の著者など)まで取り混ぜて作りました。

 この結果次第でレベルを下げて一部省略することなどもありえましたが、幸いいずれの会場でも比較的レディネスのある参加者が多かったため、そのまま実施することにしました。大学の授業であれば、初回に実施して2回目以後の授業計画を変更することなども考えられます。

 また、ヘーゲルの生涯やドイツ観念論の教科書的な流れなど、単に私が喋る形で教えると知っている人にはただただ眠くなるだけの講義になってしまうと危惧されたので、クイズにしてお互いに教え合いながら考えてもらうことにしました。

・Think-Pair-Share
 とにかく応用の幅がひろく、絶対に覚えておくべき手法がこれです。参加者の知識の不均衡が逆に議論の活性化につながると考えたこともあり、今回も多用することにしました。「話し合う前に少し考えてもらう」を徹底して意識して指示を出すだけでも、話し合いの質は大きく違ってきます。さらにメモを取るよう促すことで、より話しやすくなります。

 今回は大人の参加者なので、皆さんスムーズにコミュニケーションできていましたが、慣れていない学生の場合はどちらが話し始めるか様子見になってしまう場合もあります。そのような場合は、右の人が先に喋るように、とか番号が若い人から話すように、などと決めてあげるとスムーズにいきます。「こいつやる気満々じゃん!」と思われるのが恥ずかしいという心理障壁を取り除いて、「先生が言うから」という状況を作ることが重要です。

 次のリンク先も参考になるでしょう。東大FFP同期の吉田塁さんの文章です。

dalt.c.u-tokyo.ac.jp


以上です。工夫した点などいろいろ書きましたが、それでも至らない点も多々あったと思います。反省すべきところは反省し、今後改善していきたいと思っています。

金杉武司『心の哲学入門』第3章における「表象内容の目的論的説明」への疑問

 金杉武司『心の哲学入門』(勁草書房、2007年)は、心の哲学を学びたい人のみならず、哲学を学びたい人に真っ先にすすめたい本の一つです。発行から10年を経て少し古くなってきたところもありますが、まだまだ現役で通用する本でしょう。

 

心の哲学入門

心の哲学入門

 

 

 しかし、私は、第3章の「志向性」に関する記述には問題があると感じています。これに気づいたのは、この本をもとに授業を作ろうとして精読したときのことでした。金杉さんに直接お尋ねしても良かったのですが、公開の形で批判しておくことには公共的な価値があると考え、また、読み物としてもそれなりに楽しんで頂けるのではないかと思うので、ここにブログとして公開することにします。なお、以下で批判的なことを書く関係で念のため繰り返しますが、納得できない箇所があるにせよ、この本が入門書として非常に優れているという全体としての評価は変わりません。(というか、哲学書には納得できない箇所がある方が普通です。)

 

金杉による目的論的説明の定式化

 さて、「志向性」の章には、信念や欲求の表象内容の目的論的説明として、R. ミリカンの目的論手利きの主義風の以下のような定式化が登場します。

  • ある信念がPという表象内容をもつ↔その信念は、実際にPという状況が成立している場合には、Qという表象内容を持つ欲求とともに、その欲求を満たすQという行為を引き起こす
  • ある欲求がQという表象内容をもつ↔その欲求は信念とともに、進化論的目的にかなったQという行為を引き起こす

 例えば、

P:目の前に水がある
Q:水を飲む

とすると、目の前に水があるときに、水を飲みたいという欲求とともに水を飲むという行為を引き越すのが、「目の前に水がある」という信念であり、この信念とともに「水を飲む」という行為を引き起こすのが、「水を飲みたい」という欲求だということになります。

 

この定式化の問題点

 これは、理解を助けるための単純化であることを考慮しても、非常に問題のある定式化に思えます。例えば次のような反例が作れるからです。

 

信念の表象内容の定式化に関する反例

あなたは取引先との重要な会議の最中である。あなたは喉が渇いており、水が飲みたいという欲求を持っている。目の前には、取引先の担当者の飲みかけの水がある。あなたはこの水を飲まないことにした。

 

 先ほどの双条件文による定式化を認めるなら、この状況でもしあなたが「目の前に水がある」という信念を持っているのなら、あなたはその水を飲むことになってしまいます。これに反して水を飲まないのだとすると、今度は双条件文の右辺が成り立たないので、あなたは「目の前に水がある」という信念を持たないことになってしまいます。これでは目的論的説明をする立場は、あまりにも見込みがない、検討する価値すらない立場になってしまうでしょう。

  欲求についても反例が作れます。例えば次のような場合。

 

欲求の表象内容の定式化に関する反例

あなたは「水を飲みたい」と思っており、「蛇口をひねれば水が出てくる」という信念も持っている。これらの欲求と信念は「蛇口をひねる」という行為を引き起こす。しかし、実際に蛇口をひねってみると水道が止まっており、水を飲むことはできなかった。


 これも先ほどの双条件文に反します。最初の信念が「水を飲みたい」という内容を持っていたのなら、あなたはまさにその内容にあたる行為、すなわち水を飲むという行為をするのでなければなりません。しかし実際にあなたがしたのは、蛇口をひねると言う行為だけです。このときあなたは、「水を飲む」という欲求を持たず、「蛇口をひねる」という欲求だけを持っていたことになってしまいます。これは非常にまずい。

 また、この説明では、進化論的目的との関連性は欲求だけに付与されていますが、この点にも疑念があります。目的論的機能主義者は、実際に水がある場合に水があるという信念を持つことは、それだけで進化論的目的にかなうと考えるはずです。(少なくとも私はそのように理解しています。)しかし、金杉さんの定式化からはこのような含意が抜け落ちています。

 さらに正確を期すならば、表象が持つ目的論的機能は派生的な目的論的機能でしかありません。第一義的に目的論的機能を持つのは、例えば神経システムであり、その目的論的機能は、表象を生み出し、消費することです。このシステムの目的論的機能から派生する形で、例えば信念は、世界を記述するという派生的な目的論的機能を持ちます。


 もちろん金杉さんはこれらのことを理解していなかったのではなく、入門書としての可読性への配慮から、表象を生産・消費するシステムについて詳述することは避けたのだと思います。しかし、ここを省略すると、目的論的機能主義の洞察の核心が取り逃がされてしまいます。和訳のあるミリカンの著書から引用すれば、「あなたの真なる表象が志向的表象であるためには、表象を作ることがそれを生み出したシステムの目的ないし機能でなければならない」ということが、目的論的機能主義にとって最も重要な前提のはずだからです*1

 

改良の方針

 改良の方針としては、産出システムと消費システムに言及するようにすること、また、無理に必要十分条件の形で提示しない、ということになるのではないかと思います。より正確を期そうとすれば適応度や固有機能といったミリカンの使う概念が次々に登場してくることになるため、それをどこまで許容できるかは難しい仕事になるとは思います。

 本当は改良版の説明や定式化を提示すべきなのでしょう、論文というわけではないので、これくらいにしておきたいと思います。どなたかよりうまく説明できる方がよりわかりやすい説明を追加してくれることを期待します。

 また、『心の哲学入門』よりはハイレベルになってしまいますが、信原幸弘『心の現代哲学』(勁草書房)の第4章が、ここで問題にした点に関するより的確な説明をあたえています。私が示した反例を念頭に置いて読んでみると、これらを周到に回避する説明になっていることが理解できるでしょう。より詳しく勉強したい方は、合わせて読まれることをおすすめします。

 

心の現代哲学

心の現代哲学

 

 

※いよいよ今週末、東京にて「ヘーゲル(再)入門ツアー」というレクチャーを実施します。おかげさまで満員→増席の運びとなりました。高校生限定の無料チケットもあります! チケット残り少なくなってきたようです。この記事との関係で言えば、分析系の議論に親しみながらヘーゲルを読むとどうなるか、という観点からも楽しんでいただける内容にしたいと思っています。

 

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*1:ミリカン『意味と目的の世界——生物学の哲学から』(信原幸弘訳、勁草書房、2007年、89頁)。ちなみにこの本の原題はVarieties of Meaningで、個別科学の哲学としての「生物学の哲学」の本ではない。

ヘーゲル入門は『歴史哲学講義』から?

ヘーゲル(再)入門ツアー東京編の開催まで2週間を切りました。宣伝を兼ねて、ヘーゲル入門に関する記事を追加したいと思います。

 

ヘーゲル哲学に入門するには、まずは岩波文庫にもある『歴史哲学講義』から」。哲学史の入門書や、インターネット上の哲学入門系の記事にはこう書かれているものも多くあります。しかし、私はこれには賛同しません。


これは一つには、講義録の文献学的な位置づけが微妙だからです。ヘーゲルの講義録が実際の講義ノートではなく、複数年度にわたる講義ノートを編集して作られたものである、ということは、研究者の間では常識になっています。このあたりの事情は1990年代の日本のヘーゲル研究書のほとんどで詳しく触れられています。また、昨年出版された『世界史の哲学講義1822/23年』の訳者、伊坂青司先生による解説もwebで読むことが出来ます。

gendai.ismedia.jp


これにくわえて私が懸念するのは、『歴史哲学講義』だけを読んでも、哲学史の中にヘーゲルをうまく位置づけることができない、ということです。


哲学史の教科書では、デカルト→ロック→カントという順序で、近代の認識論的な哲学がどのように発展してきたかが整理されることが普通でしょう。この流れから見るとき、「歴史の目的論」のような議論はあまりにも唐突に思えます。また、「世界精神」に関する議論も、いかにも前近代的なオカルトに見えるのではないでしょうか。哲学史の学習という観点からすると、この読み方では、カントとヘーゲルの間に大きな断絶が生じてしまいます。


この流れを断ち切らずに、哲学史をなるべく体系的に理解するためには、『歴史哲学講義』ではなく、どうしても主著と言われる『精神現象学』や『大論理学』を読まなければなりません。


たしかに『精神現象学』も『大論理学』も難しく、初学者が一人で読み通せる代物ではありません。これに対して『歴史哲学講義』は比較的読みやすく、なんとか読み切ることもできるでしょう。しかし、読み切ることを目的とするのは本末転倒に思えます。たとえば精神現象学の「序文」と「序論」だけにでも挑戦して、途中で挫折したとしてもヘーゲルのトーンをつかんでおいた方が、哲学史を学ぶ上では意味があると思います。

 

もちろん、まさに歴史哲学に興味がある、という方は、文献学上の問題に注意した上で、『歴史哲学講義』から読み始めてもよいと思います。同様に、美学に興味がある方は美学講義から、社会哲学・法哲学に興味がある方は『法の哲学』から読む方が得策でしょう。私が問題視しているのは、そうした目的意識なしに、ヘーゲルといえば『歴史哲学講義』という誤解が生じてしまうことです。


※「ヘーゲル(再)入門ツアー」では、カントからの流れを断ち切らず、主著からヘーゲルに入門するためのレクチャーを行う予定です。おかげさまで満員→増席の運びとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。高校生限定の無料チケットもあります!

 

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ヘーゲルと観念論(ヘーゲル(再)入門ツアー・予稿その2)

 前回の記事で、「正反合」や歴史の目的論だけがヘーゲル哲学ではない、ということをお話ししました。

kkawasee.hatenablog.com

では、ヘーゲル理論哲学とは一体何なのか、というのがこの記事のテーマです。


ヘーゲルには方法論しかない?

 「弁証法」があまりにも強調されすぎたことの負の遺産として、ヘーゲルは方法論に関しては功績があったが、哲学の内容にかんしては目立った功績がなかった、という誤解が広まってしまった、という理解が一般に流布していることがあります。例えば『ソフィーの世界』にはこれに近い記述があります。これは、ヘーゲル的な方法論だけを採用し、換骨奪胎しようとしたマルクス主義的な解釈の名残でもあるでしょう。あるいは、いわゆる歴史の目的論こそがヘーゲル哲学だというヘーゲル理解も登場してきました。

 しかし、当たり前のことですが、ヘーゲルにはヘーゲルなりの関心があり、哲学的な問題がありました。しかも彼の関心の中心は、人口に膾炙した歴史の目的論とは別のところにあります。それは何でしょうか。


ヘーゲルの観念論

 ヘーゲル哲学の中心的な関心事とは何でしょうか。ヘーゲル弁証法的な「対立」を強調することで、何を論じようとしたのでしょうか。


 主著『大論理学』で、ヘーゲルが論じていたのはいわゆる理論哲学に関する内容、つまり、認識や存在に関する問題です。また、『精神現象学』では、理論哲学と実践哲学は不可分な仕方で論じられます。これらの議論において、弁証法的な「対立」の中で最も重要なものは、主観と客観の対立です。つまり、私たちの主観的な認識と、客観的な世界そのもののあり方の間にあるとされる対立です。

 問題を鮮明にするには、懐疑論について考えてみるのがよいでしょう。古典的な問いとして、今あなたがこのブログを読んでいるということは夢ではなく現実だとなぜ言えるのか? といった問題を考えることができます。このような疑念が生じてくるのは、私たちが正しいと思っていること(主観的な認識)と、本当に生じていること(客観的な世界そのもののあり方)の間に断絶や対立があるように思われるからです。

 こうした問題関心は、基本的にカント哲学の延長線上に成立しています。そもそもそうでなければ、なぜヘーゲル哲学が「ドイツ観念論」と呼ばれてきたのかを理解することも難しいでしょう。(ただし、近年では当時のドイツにおけるより多様な思想の展開を総体として扱うべきだという観点から、「ドイツ観念論」よりも「ドイツ古典哲学」という言葉がより好まれる傾向にあります。)カントが超越論的観念論を提唱し、ヘーゲル弁証法と歴史の目的論を提唱した、という通俗的哲学史では、二人のつながりが全く見えてきません。それなのに二人がひとまとめのように扱われることに違和感を覚えたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 このような観点からヘーゲルの理論哲学を理解するための入り口として、まずはカントとの違いを抑えることが重要です。カントは、私たちの認識の対象を「現象」と呼び、これは我々の認識作用と不可分でありながら、同時に客観的に存在すると主張しました。また、現象とは別に、認識と独立に存在する「物自体」があるとしました。これに対して、ヘーゲルにおいては、存在するものは、カントが物自体と呼んだものも含めて、さしあたりは人間の認識の対象となるものとして把握されます。それとは別に「物自体」を想定することをヘーゲルはよしとしません。こうしたことは専門の研究者の間では常識に属することですが、まだまだ一般には、それどころかヘーゲルを専門としない哲学者の間でも、十分には知られていないように思えます。

 したがって、「物自体も含め全ては認識の対象となり、認識と不可分のものである」というのがヘーゲルの出発点ということになります。もちろんこのように主張しただけでは、我々が認識するものだけがあるというバークリー的な観念論や、我々は客観的なものについて知ることができないとする懐疑論、自分だけが存在し、それ以外のものは何も存在しないという独我論といった立場に肉薄してしまいます。ヘーゲルはこれらの立場を取るわけでもありません。つまり、思考によって初めて可能になるものではあるが、しかし同時にどうにかして客観的でもあるものとしてこの世界が把握される、というのがヘーゲル哲学の基本図式ということになります。


 さしあたりこれを入り口として、ここで出てきた「どうにかして」の中身を掘り下げて考えてゆくことが、ヘーゲルを読むときの一つの道筋となります。これはまさにヘーゲルをどう読み、どう理解するかという問題に関わりますので、「入り口」を超えた、中身の問題と言えるでしょう。まずは「弁証法」に加えて、「絶対的観念論」のキーワードを入り口として示しておけば、興味のある方は掘り下げてゆくことが可能になるのではないかと思います。

 

ヘーゲル(再)入門ツアーでは、ここで論じたことをよりかみ砕いてご紹介する予定です。もちろんその過程で話題を取捨選択したり、別の話題を選択したりする可能性もあります。「ヘーゲル(再)入門ツアー」の詳細は、下記リンクから、どうぞよろしくお願いいたします。

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