川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

急がば回れ。遠隔授業のために授業設計の基本を学び直そう

2020年5月現在、最も多くの大学教員を最も悩ませているのは、遠隔授業への対応でしょう。Zoomの使い方、LSMの使い方、映像編集の仕方など、ICTの活用法にも注目が集まっています。

しかし、これらを使いこなすために最も重要なのは、授業デザインの基本に立ち返ることだと私は思います。特に大学教育の大部分を占める知識伝達型の授業についてはそうです。(知識伝達型でない授業こそ大学教育の核心であるという考え方もあるとは思いますが、そうは言っても微分方程式を知らずに物理学をやることも、セントラル・ドグマを知らずに生物学をやることも、正規分布を知らずに社会科学をやることも、哲学史も論理学も知らずに哲学をやることもできないでしょう。)

この記事では、遠隔授業対応において最も重要だと私が考える三点に絞って、授業デザインの基本を紹介したいと思います。目次は以下の通りです。

1.目的・目標を明確にした授業デザイン
2.学生の状況を把握し、学習効果を高める評価
3.教材開発という視点をもった資料作成

 

1.目的・目標を明確にした授業デザイン

知識伝達型の授業設計において最も重要なのは、目的・目標を明確にし、その達成をサポートするように授業全体を構造化することです。「目的・目標」という言葉に抵抗があるようなら、「あなたがその授業で学生に最も伝えたいことは何か?」と言い換えていただいても構いません。教員の皆さんは、学生に何かを伝えたくて授業しているはずです。その「何か」を明確にすれば、それが目的・目標になります。目的・目標が明確でない授業は、主張が明確でない論文と同じです。論文全体が主張をサポートするように構造化されていなければならないのと同様に、知識伝達型の授業は、その全てが、目的・目標の達成をサポートするように構造化されていなければなりません。

これをはっきりさせることができれば、授業を細かい部分に分けていくことが容易にできるようになります。これも論文や本を書くときと同じだと考えていただくのがよいでしょう。一冊の本や博士論文のような長い論文は、章から構成されます。そして章はさらに節に、節は段落に分かれます。大学教員なら誰でも知っていることでしょう。これと同様に、15回の授業は、数回ごとのユニット(単元)や1コマごとの授業から構成され、さらに1コマの授業だいたい10分前後のまとまりから構成されるべきです。こうして目標をブレイクダウンしていく作業は、論文のアウトラインを作る作業と全く同じです。

この作業は通常の授業でも重要なのですが、遠隔授業においてはより重要になります。とりわけ90分の1コマをさらに細かくブレイクダウンしてく作業が重要です。90分間、集中力を切らさずに映像を見続けることは、ほとんどの学生にとって不可能だからです。映像コンテンツを作成する場合、一つの映像を10分以下にすることが有効だと言われています。ということは、90分の授業なら、九つのパートに分解しなければなりません。もちろん通常の授業にある雑談や演習などは省略されるでしょうから、実際には映像の場合10分×5つから7つほどのコンテンツに分かれることになるでしょう。

目的・目標をサポートするべく授業全体が構造化されていれば、この作業を難なくこなすことができます。構造化されたユニットごとに映像を区切っていけばよいからです。大学の先生方には、これを成し遂げる能力が十分備わっているはずです。なぜなら普段から論文を書いているはずだからです。その知見を応用するだけです。

これまでの2段落は映像コンテンツを前提に書いてきましたが、同じことはワープロソフトで資料を作成する場合にも言えます。むしろそちらのほうが想像しやすいかもしれません。ワープロソフトでの資料作成は、映像コンテンツ以上に、本や論文の執筆に似ているからです。入門書を書くような気持ちで、アウトラインが明確なレジュメを作るようにしましょう。その際に、その授業の目標(=学生にもっとも伝えたいこと)をサポートするように全体を構成しましょう。このときには、主張をサポートするように論文を構成するという、研究者なら誰もが身につけているはずの能力がそのまま活用できます。もちろん文章で書くと負担が大きすぎるでしょうから、箇条書きにしたり、適宜教科書を参照させたりしても良いと思います。その際にも、あなたが伝えたいことをサポートするように全体を構造化することが重要です。

目的・目標を明確化することは、教育の質保証の観点からも重要です。本来対面で行うべき授業を遠隔で行うわけですから、教育の質は一定程度下がってしまうかもしれません。少なくとも学生に全く同じ体験をさせることはできません。それでも大学は同じ授業料を徴収し、同じ学位を与えることになるはずです。(学生の人生を考えれば全員を留年させるようなことはできませんし、大学として払うコストは減らないわけですから、経営の観点からしても授業料を減額することは難しいでしょう。)このことを正当化するためには、教育の質保証、つまり、同じ知識や技能を習得できるということの保証が必要です。対面授業と同じ目的・目標のために授業全体を構造化させることによって、教育の質は保証されるはずです。

もう一つ、目的・目標に基づく授業デザインの重要性を私がここで強調したい理由は、そのための努力が、再び対面授業に戻ったときにも活用できる遺産になるということです。何を伝えたいかが明確になり、そのために構造化された授業の作り方を身につければ、これは対面授業においてさらに大きな効果を発揮するはずです。

目的・目標を明確にした授業デザインをするということは、「学生に伝えたいことの棚卸し」をするということでもあります。自分の授業が学生に何を伝えるものになっているか、この機会にはっきりさせておくことで、学生にとってもわかりやすく、教員にとっても効率的な授業作りが可能になります。

 

2.学生の状況を把握し、学習効果を高める評価

遠隔授業では、成績評価とは別に、小テストや小レポートなどを通じて、学生の理解度を把握するための評価をこまめに行うことが対面授業のとき以上に重要になります。対面授業であれば、学生の顔や教室全体の雰囲気を察知して、理解度が低いと感じられた場合にはとっさに説明を増やすなど、臨機応変な対応が可能です。しかし、遠隔授業ではこれは難しいでしょう。これを補うためにも、小テストや小レポートを取り入れることが重要になります。(なお、このような目的で行う評価を教育学では「形成的評価」と言います。)もちろん、実務的にも出席を取ることができませんから、その代替という意味合いもあります。

1で目的・目標の明確化とブレイクダウンができていれば、小テストの作成はそれほど難しいことではありません。目的・目標とは「あなたが最も伝えたいこと」なのですから、小テスト・賞レポートでは、それが本当に伝わったかどうかを確かめればよいのです。1コマをさらにいくつかの部分に細分化し、その細分化した箇所ごとに数問の小テストを作成することが理想的です。これにより、どの部分が伝わっており、どの部分が伝わっていないかを、教員も、また学生自身も、把握することができます。

学生の集中力を切らさず、モチベーションを高めるためにも、こまめに小テストに取り組ませることが重要です。教員の我々にとってすら、90分の講演などの映像を、集中力を切らさずに見続けることはかなり難しいことです。学生にとってはなおさらでしょう。文章だけで独学する場合も同様です。小テストや小レポートが課され、それに対するフィードバックがあれば、学生のモチベーションは大きく高まるはずです。

 

3.教材開発という視点をもった資料作成

授業デザインのプロセスをモデル化したものに、「ADDIEモデル」というものがあります。これによれば、授業を行う際の教員の仕事は、Analysis(伝えたいことや学生の状況・能力の分析)、Design(伝えたいことを伝えるための授業設計)、Development(スライドやレジュメなどの教材開発)、Implementation(授業の実施)、Evaluation(評価)の五つのステップから成るとされます。

普段あまり意識しないことかもしれませんが、対面授業におけるスライドや板書、レジュメは、あなたの授業の「教材」です。遠隔授業では、この教材の重要度がより大きくなります。対面授業のように口頭で補足することができなくなり、学生は教材だけをつかって学習することになるからです。スライドやレジュメは、単にあなたの考えや重要事項をまとめたものではなく、学生の独習をサポートするものでなければなりません。このことを意識すると、どのようなものを作れば良いか、イメージが少しわいてくるはずです。

もちろんすべてをゼロから自作する必要はありません。過去に使っていたレジュメを少し手直しして、2で触れたような、理解度を確認する小テストを付け加えるだけでも、学習効果は飛躍的に高まるはずです。市販の教科書や書籍を教材として活用することももちろんOKです。その場合にも、その資料を読ませることを通じて学生に何を伝えたいのかを意識して、授業全体の構造の中に位置づけることが重要です。

以上、目的・目標の明確化、こまめな小テストによる形成的評価、教材という視点をもった資料作成の三点を意識することで、授業を遠隔対応のものに改造するための指針が得られるのではないかと思います。

 

最後に関連書籍を紹介して終わりにします。

 

 

授業設計 (シリーズ 大学の教授法)

授業設計 (シリーズ 大学の教授法)

  • 作者:中島 英博
  • 発売日: 2016/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

『授業設計』では、その名の通り、授業を設計するための考え方がわかる本です。最新の研究成果を実際の授業で使いやすい実践的なアイディアに落とし込んで伝えてくれるところに特長があります。

 

教材設計マニュアル: 独学を支援するために

教材設計マニュアル: 独学を支援するために

  • 作者:鈴木 克明
  • 発売日: 2002/04/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

『教材設計マニュアル』は、インストラクショナル・デザインの観点から独学用の教材を作るための考え方を整理した本です。まさにいま求められる本だと思います。

 

 『遠隔教育とeラーニング』は、少し専門的ですが、遠隔授業をよりよいものにしたい、意欲のある先生におすすめです。