川瀬和也 研究ブログ

宮崎公立大学で教員をしています。専門は、(1)ヘーゲル、(2)行為の哲学(3)プラグマティズム。英語圏のいわゆる分析系のヘーゲル研究の成果を取り入れながら、ヘーゲルの議論の再構成を目指しています。主要著作:論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」で日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。共著に『ヘーゲルと現代思想』(晃洋書房・2017年)ほか。お仕事のご依頼・ご質問はフォームへ→https://goo.gl/forms/klZ92omOgEvsjcCi1

『精神現象学』、どこから読むか?(ヘーゲル(再)入門ツアー2019-2020 予稿)

ヘーゲル(再)入門ツアー『精神現象学』編の開催まであと1週間。この記事では、なかなかとっつきにくい『精神現象学』をどこから読み始めるのがよいかについて書いてみたいと思います。

①「序論(Vorrede)」から読む

本の最初から素直に読み始めるのがこのパターン。いちおうヘーゲルはこの順番で読むことを意図しているはずなので、それに従って読んでみるのは悪くない選択肢でしょう。しかしこの序論、かなり長く、また、普通の序論と違って、全体を予告したり、使われる概念を整理してくれたりするような性質のものではありません。むしろ最初から実質ある哲学的な議論が展開されます。根気よくモチベーションを保って読んでいくのは難しいかもしれません。もし心が折れたら、②以下の入り口も試してみましょう。

②「緒論(Einleigung)」から読む

精神現象学』には「序論」のようなものが二つあります。その二つ目がこの「緒論」。実はヘーゲルはこの「緒論」を最初に書いて、本文を書き、最後に「序論」を書いたと言われています。そのため、ここから読み始めることでヘーゲルの思考がたどれるとして、ここから読み始めることを推奨している入門書も少なくありません。内容的にもヘーゲルにしては読みやすく(「ヘーゲルにしては」を外して読みやすいとは言えませんが)、分量も「序論」より短めなので、なんとか読み切ることも出来るのではないかと思います。

③「感覚的確信」から読む

長い長い二つの序論がおわって、いよいよ「意識」を主人公とした『精神現象学』の道のりがスタートするのがこの箇所。この箇所から、かなり叙述の雰囲気が変わります。「序論」や「緒論」は難解ながらも普通の哲学書のような論じ方だったのが、ここからは”主人公”視点(「意識」の視点)と”神様”視点(「われわれ」=哲学者の視点)が交錯する物語のような独特の語り方に変わります。「序論」や「緒論」の途中で挫折した方も、せっかく『精神現象学』を手に取ったからには、一度はここでのヘーゲル独特の語り方に触れてほしいところ。決して読みやすくはないので、結局は途中で読むのをやめることになってしまうかもしれませんが、それでもヘーゲル独特のひと味違う難解さに触れることができるでしょう。

④「知覚」から読む

ここから二つは私のおすすめ。哲学の心得のある方におすすめしたい一つの入り口がこの箇所です。「感覚的確信」の箇所は、哲学的には実は少し退屈な箇所で、重要性がなかなかわかりづらい。これに対して、この「知覚」の箇所では、性質と基体の関係のような話が出てきたりして、ヘーゲル独特の語り口ながら、哲学的にどんな話がされているのか、ヘーゲルがどんな話をする人なのか、比較的わかりやすいのです。とはいえもちろんこれは「性質と基体」ときいてピンとくるような、哲学には心得があってもヘーゲルは未読、という方のためのコース。それ以外の方や普通の学部生などにはちょっと厳しめのルートです。

⑤「理性」のBから読む

哲学の心得がそれほどない方にも一度読んでみてほしいのがこの箇所。ここでは、やろうとしたことがうまくいかなかったり、意にそぐわぬ結果になってしまったりする小説のような叙述が3パターン繰り返されます。(それぞれ、ゲーテの『ファウスト』、シラーの『群盗』、セルバンテスの『ドン・キホーテ』がモチーフになっているとされます。)このため、テーマ的にかなりとっつきやすくなっています。私自身、大学3年生のとき、この箇所を読んで初めて少しヘーゲルの文章を理解できた気がした思い出の箇所でもあります。本棚に戻してしまう前に、一度この箇所だけでも開いてみてほしいと思います。

精神現象学』という本は、次々と新しいトピックが登場し、めまぐるしく表情を変えていく不思議な本です。上に挙げたもの以外にも、あなたにぴったりの入り口があるかもしれません。例えばいわゆる「主人と奴隷の弁証法」について知りたいといった明確なモチベーションがあるなら、その箇所だけ読んでみるのも悪くないでしょう。難解な本ではありますが、あなたなりの入り口を見つけてほしいと思います。

ちなみに、再来週の12月22日(日)、東京・池袋の東京セミナー学院にて、ヘーゲル(再)入門ツアーには、上でおすすめした④の知覚の箇所と、⑤の「理性」Bの箇所から、短めのテクストを選んで読んでみるワークを組み込んでいます。春に実施した際には、難解な文章を皆で一緒に読み、さらにその場で専門家の解説を聴くという体験が新鮮なものだったと非常にご好評を頂いたパートでもあります。ご興味を持たれた方は、ぜひご参加をご検討ください。

 

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